「“突っ込む”っていう表現が、たぶんダメなんじゃないのかなと思っているんです。速いペースで入るのがスタンダードなんだという発想にしないといけない。学生にも言っているんですけどね。想定外だと思ってしまうから、アドレナリンが出て、『やばい、やばい』って慌ててしまうんですよね」
こんなハッとするような言葉を発したのは、東洋大の酒井俊幸監督だった。
2022年11月中旬にあるイベントに参加したときのことだ。
ゲストで来ていた酒井監督に「駅伝で突っ込むためには、どんな練習をすればいいんですか?」と質問を投げかけたところ、こんな答えをくれたのだった。

【箱根駅伝】東洋大はエース不在の大ピンチを乗り越えられるか。酒井俊幸監督「私も選手も『自分たちだけでやるんだ』という覚悟はできている」
第99回箱根駅伝(2023年1月2、3日)で「総合3位以内」の目標を掲げる東洋大学。エースの松山和希(3年)をケガで欠く中、どのようなレースを見せてくれるのだろう。酒井俊幸監督へのインタビューや合同会見から、東洋大の箱根駅伝を展望する。
見方を変える、発想を転換する

インタビューに応じる酒井俊幸監督
昨今の駅伝では、見ているこちら側が「オーバーペースなのでは?」と心配になるほど、いきなりアクセルを全開にする選手が多い印象があったので、思い立った質問だった。だが話は思いがけない方向に進んだ。
「例えば、追い風だったら(1㎞)2分40秒とか2分45秒とかのハイペースで、速い動きで(脚を)回していったほうがいいんですよ。
解説の方が『攻めますね』って言ったりしますけど、実はあのスピードのほうが楽に走れるんです。逆に、スローペースで抑えて入っちゃうと、安全策のつもりが、普段は使わない『ブレーキ筋』を使ってしまうことになり、走りにくくなる。
特に、厚底シューズを履いたときに遅く走ると、速く走るための型から外れてしまうんですね」
筆者の勉強不足もあるが、目から鱗が落ちる思いだった。
常に進化しないと勝てない
とにもかくにも、酒井監督には話をうかがうたびに驚かされる。それまでの常識を疑うかのごとく、常に情報がアップデートされているのだ。
さらに一例を挙げると、東洋大では2021年度から血糖値の変化をモニタリングし、そのデータを栄養管理やトレーニングに活用している。だからこそ、冒頭の「想定外だと思ってしまうから、アドレナリンが出て……」という酒井監督の言葉にも、妙に説得力があった。
シューズに関しても「厚底シューズ」と一括りにしてしまいがちだが、その性能や特徴を理解した上で履き分けを推奨している。
東洋大の選手の場合、ナイキの「エア ズーム アルファフライ ネクスト%」もしくは「ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%」をレースに履く選手が多いが、目的やコースに応じて選手はシューズを選択している。
また、シューズの性能をより活かすために、フィジカルトレーニングにも取り組んでいる。
「監督に就任したばかりの頃は、何も知らないので、勢いでやっていましたけど……。新しいことを取り入れて、気づきがあったほうが面白いですよね。
それに、今や学生のトップレベルの選手は実業団と遜色ないですし、他の大学の指導者もアップデートしている中で、常に進化していかないと日本代表を取れないし、インカレにも勝てない。
私は高校の教員から大学の指導者になりましたが、高校の練習のままでは100%太刀打ちできないじゃないですか。なので、常々、アップデートは必要かなと思っています」
酒井監督が東洋大の指揮をとるようになって14年目のシーズンを迎えたが、今なお、学ぶ姿勢を崩さない。チームとともに進化の途上にある。

エース不在で「総力戦」がキーワード
今季の駅伝は、エースの松山和希(3年)をケガで欠いたことも響き、出雲駅伝が9位、全日本大学駅伝は8位と上位争いに加わることができなかった。
だが、これは停滞だと決めつけられない。今年度の東洋大は、夏にマラソンに挑戦したり、駅伝シーズン直前に主力が1500mのレースに出場したりと、新たな取り組みもしており、むしろ、もう一段ステップアップするための過渡期と見てもいいのではないだろうか……。
その上で、箱根駅伝の展望に移ってみたい。
エースの松山は、ケガが100%回復せず、加えてエントリー直前に体調を崩したこともあって、箱根の16人のメンバーから外れた。
「松山の抜けた穴を埋めるのはなかなか厳しい」と酒井監督も認めるように、2年連続でエース区間の2区を担った松山の不在は、箱根を戦う上で大きな痛手だ。
一方で、出雲、全日本とエースを欠いても、何とかしのいできたのも事実。
「私も含めて、他の選手たちも、松山に頼らないで自分たちでやるんだという覚悟はできていると思います。チームとしては難局になりますが、ここを乗り越えることは、チームにとって非常に大きな力になると信じています。総力戦でいきたいと思っています」
酒井監督が口にした「総力戦」が今回のキーワードとなりそうだ。
前回の箱根駅伝も、4区を終えた時点で12位と苦戦。往路を9位で折り返すと、なかなか順位を上げられずにいた。だが、粘り強く復路の選手たちがタスキをつなぎ、終盤の2区間で順位を押し上げ、4位でフィニッシュしている。
爆発力に課題は残るが、多少のビハインドにも大崩れしないタフさが、このチームにはある。
「今回も同じように、復路でしっかり追い上げをしたいと思っています」
酒井監督は、前回と同じようなレースプランを思い描く。そして、それを実現できる選手はそろっている。
「目標は総合3位以内」注目選手は?
4区にエントリーされた柏優吾(4年)は、8月の北海道マラソンで日本人最高位の2位。2023年10月に開催されるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC ※パリ五輪代表選考レース)の出場権をすでに獲得している。箱根は未経験だが、スタミナが大きな武器で、調子を上げてきている。

全日本大学駅伝でアンカーを務めた柏優吾 撮影/和田悟志
1年目から箱根を走っている梅崎蓮(2年)もロードに強い選手。補欠登録だが、主要区間での起用が予想される。5月の関東インカレではハーフマラソンでチームトップの2位に入っており、他校の主力に太刀打ちできる力がある。
主将の前田義弘(4年)は5区・山上りにエントリー。1年目から3年連続で箱根を走っており、前回は9区5位と好走した。過去2回10区で好走している清野太雅(4年)は、今回も10区に控える。
エース区間の2区には石田洸介(2年)がエントリー。中学時代から世代をリードし、高校時代には5000mの高校記録(当時)を16年ぶりに打ち立てた逸材が、いよいよ箱根でも、その才がベールを脱ぐ。
その他にも「中間層が、非常に厚みがある」と酒井監督は自信を口にする。目標は総合3位以内。堅実に“つなぐ駅伝”ができれば、上位争いに加わることは十分可能だろう。
「ピンチをチャンスにしていきたい」
今回をしのぐことができれば、鉄紺軍団はいっそう手強いチームへと変貌を遂げそうだ。
取材・文/和田悟志
写真提供/ナイキ
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