普通ができず、ドラマしか起こせない。そんな矢野阪神のファンだった――。
矢野阪神のドラマ性に魅了されていたことに気付いたのは、神宮球場でのシーズン最終戦終了後、詰めかけた阪神ファンから「矢野コール」が沸き上がった時だった。ちょうど後任監督の名前がメディアで取り沙汰されるようになったタイミングでもあり、自然と湧いてくる感情があった。
「矢野燿大監督の采配を見るのもあと数試合か。CSや日本シリーズで少しでも長く矢野阪神の試合を見たいな」と、自分でも気が付かないうちに、矢野阪神の野球に心底惹かれていた。
もともと巨人やソフトバンクといった常勝軍団が好きだった。そもそも野球以上に世界No.1のサッカークラブ、レアル・マドリ―が大好き。世界のスーパースターたちが“マドリディスモ”と言われる伝統の不屈の闘志を燃やし、クラブの勝利のためにすべてを犠牲にして白い高貴なユニフォームを汚し、どんな逆境をも跳ね返して信じられないような逆転劇を演じ、結局、最後には絶対に頂点に立つ――。そういったチームとしてのアイデンティティ、ドラマ性がたまらない。
自分は映画やマンガの作り話には興味がないが、その代りスポーツにはドラマを求めている。フィクションではあり得ないような、実際に起きたら嘘のようなドラマがスポーツでは現実に起こる瞬間がある。
だから感情を揺さぶられるし、面白い。大谷翔平選手や佐々木朗希投手がまさにドラマのような存在だが、今季の矢野阪神は彼らに匹敵するくらい、ドラマ性に満ちていたと思う。
レアル・マドリ―と矢野阪神とでは、最後に勝つか負けるかという大きな違いはあるが、ジェットコースターのように振り回されるドラマ性は共通していた。だからこそ、自分は矢野阪神の野球に惹かれていったのだった。
「矢野阪神」とはなんだったのか? ドラマ連発のラストイヤーに「俺たちの野球」の夢と限界を見た
セ・リーグCSファイナルステージで高津ヤクルトに敗れ、4年間続いた「矢野阪神」の物語は幕を閉じた。開幕9連敗、借金最大16で始まり、まるでジェットコースターのように目まぐるしくドラマが生まれた矢野燿大(あきひろ)監督のラストイヤー。その歩みを、“矢野阪神ファン”の野球評論家・お股ニキ氏が噛み締めながら振り返る。
矢野阪神とレアル・マドリーの共通点

圧倒的な投手力と“火力不足”の打線
阪神には青柳晃洋投手や藤浪晋太郎投手、浜地真澄投手、西純矢投手など、個人的にも親交のある投手が多く在籍しているが、そういった私情を抜きにしても、12球団トップクラスの投手力を誇り、投手好きからしたらたまらないチームだった。
現に、今季のチーム防御率2.67という数字はセ・リーグの他球団と比べて1点近くも傑出しており、歴代でも屈指。中継ぎの運用も他球団と比べればレベルが高い。捕手も梅野隆太郎選手と坂本誠志郎選手を併用し、配球にもとてもこだわっている。
何よりも投手ひとりひとりの個性が光っている。非エリートからの叩き上げで今や球界を代表する投手に成長した青柳投手、遠回りしながらもニュースタイルを構築して“あるべき場所”に戻ってきつつある藤浪投手だけでなく、西勇輝投手のような外様エース、伊藤将司投手のような技巧派もいて、バリエーションが豊富。
さらに、渡邉雄大投手のような変則左腕も、加治屋蓮投手のような本格右腕も、見事に復活させて戦力化。また、開幕直後は調整不足だった外国人のケラーも、スアレスやジョンソンのように「育成」した。
これだけ圧倒的な投手力をもってしても、打線が打てず、勝ちにつながらなかったのが今季の矢野阪神だった。一線級投手や苦手なタイプをとことん打てないが、少し力が落ちる相手には打線が爆発することもあり、勝つときは大勝、負けるときは惜敗を繰り返した。
結果、得失点差は大きくなるが、その割に勝てなかった。球団ワースト記録となるシーズン26度の完封負けを喫するなど、投手は3点以上取られたら負けを覚悟しないといけなかった。
今季、打線が振るわなかった大きな要因はサンズとマルテの“火力”が落ちたこと。これは編成の責任でもあるだろう。矢野監督に責任があるとしたら、小技に頼りすぎたことかもしれない。
2軍監督時代に掲げた「超積極走塁」は成果を収め、確かに矢野阪神の武器となったが、長いペナントではやはり打てなければ勝てない。ヤクルトとの“火力”の差は明確だった。
今季はもっとロハス・ジュニアに賭けても良かったと思うが、あまり使わなかった。小兵を起用してパンチ力にかけた打線は、大山悠輔選手、佐藤輝明選手、近本光司選手さえ抑えればなんとかなってしまった。守備陣のエラーも多く、球際の弱さは改善できず。終わってみれば総得失点差はセ・リーグ1位だったが、貯金に繋げることはできなかった。
今季の観客動員数はセ・リーグ最多
開幕9連敗で始まった矢野阪神ラストイヤー。連敗脱出を期待した「あと1球コール」からの敗戦もあった。ヤクルト村上宗隆選手と真っ向勝負して散った一戦もあった。
代走・熊谷敬宥選手の走塁と守備で勝った試合もあった。コロナで出遅れた青柳投手の華麗な復活劇もあった。糸原健斗選手の見事な“事起こし” (犠飛や内野ゴロで1点を奪うような打撃)で拾った試合も、拙守で落とした試合もあった。夏場にはチーム内にコロナが蔓延しての連敗もあった。
このようにドラマ性に満ちあふれている矢野阪神だが、矢野監督が就任した4年間は3位、2位、2位、3位と毎年Aクラス入りを果たしている。昨季はわずか勝率5厘差での2位と涙を呑んだが、もし優勝していたら今季の結果も違ったものになっていたかもしれない。
だが、矢野阪神はレアル・マドリーのように、終わってみれば最後に勝つ常勝軍団ではない。試合展開はとにかく高低差が激しく、連勝で期待させたかと思えば、ホームで大型連敗を繰り返す。
ある意味、エンタメ性はとてつもなく高く、あれだけ連敗しても甲子園は超満員だった。ファンを振り回し、夢中にさせた結果、今季のセ・リーグ最多観客動員数につながったのだろう。
そもそも矢野監督の采配は常に論理的というわけではなく、監督自身が掲げていたようにまさしく「俺たちの野球」。プロ野球の監督というよりは、夢と理想を追い求める学校の「先生」のようだった。
これまでの阪神ならば、勝たなきゃいけない試合でも負けが濃厚になったら淡白に負けていた。だが、矢野阪神は最後まで諦めなかったし、全力疾走もやめなかった。ここは今までの阪神と明らかに違った。
予祝とビッグウェーブの色紙と
矢野監督は普通ができず、ドラマしか起こせなかった。
キャンプイン前日の退任表明や予祝(22年の春季キャンプで行われた矢野監督の胴上げなど、数々の前祝い)は奇想天外だったが、あの“ビッグウェーブ”の色紙(4月15日、勝利監督インタビュー中に突然、公開した、友達の文字職人に書いてもらったもの)を掲げてから勝ち出したことは紛れもない事実だ。オカルトと言われようと、結果が出ればそれで良い。勝負は紙一重だから。
試合に負けたら、普通は相手チームや選手を表面上は称えるのが大人であり、“グッドルーザー”というものだが、矢野監督は試合後に「相手が良かったとは思わない」という趣旨のコメントをすることが多かった。「あれくらいの投手は打たないといけないよ」と、沈黙する打線にあえて発破をかけていたのかもしれない。
今季最終戦後のスピーチでは、矢野監督は「借金最大16」を「貯金最大16」と言い間違えていた。強がりから出た言葉だったのかもしれないし、もしかしたら、意識的に使った言葉だったのかもしれない。
「言霊」を大切にしてきた矢野監督だけに、その可能性もなくはないだろう。実際、言葉で選手を乗せられる監督だったと思う。
DeNAとのCSファーストステージ第3戦、今季ブレイクした湯浅京己投手に最後を託した場面がまさにそう。矢野監督自らマウンドに上がり、「ドラマつくるなあ。思い切り楽しんで。この場面、お前に賭けているから。どんな結果でもいいから、思い切って行ってくれ」と声を掛けたという。矢野阪神の集大成のようなシーンだった。
劇的勝利で2位・DeNAを打ち破り、史上最大の下克上ドラマの夢を抱いて神宮に乗り込んだものの、王者ヤクルトの前に儚くも散った矢野阪神。普通ができず、ドラマしか起こせなかった「俺たちの野球」。その夢と限界を見せてくれたシーズン、CSの戦いだった。
野球と人生は出会いと別れが続いていく。チームは先へと進んでいくが、矢野阪神の「俺たちの野球」の夢の続きをもっと見ていたかった。
文/お股ニキ 写真/共同通信社
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