スペインのクラブであるビジャレアルは、人口5万人の町をホームタウンとしている。世界的タイルメーカー「パメサ・セラミカ」の支援で、下部組織の充実は有力クラブに比肩するが、何倍もの予算を有するメガクラブを次々に倒したゲームは爽快だった。マンチェスター・ユナイテッド、アタランタと同じグループを勝ち上がり、ユベントス、バイエルン・ミュンヘンをひれ伏させた。
戦術家として知られるスペイン人監督ウナイ・エメリは、精緻で力強い攻守の連動を作り上げた。プレーのパターン化に成功。選手のキャラクターを見極め、効率を追求した戦い方は再現性がある。
そこから森保ジャパンが学び取るべきものとは――。
ビジャレアルがCL準決勝、 リバプールに敗れた結果には、弱者の兵法の限界と可能性が見えた。敵地でのファーストレグで、0-2とリバプールに 敗れている。試合を通じ、分が悪かった。エースであるジェラール・モレーノを故障で欠いたのが痛かったと言えるだろう。
G・モレーノは前線でボールを収め、攻撃のリズムを作る。同時にポゼッションの意味でも敵にボールを渡さず、ファウルもとれる。「攻撃こそ最大の防御なり」を体現する切り札だった。
エメリ監督はG・モレーノの代わりに、2トップをアルノー・ダンジュマ、サムエル・チェクウェゼというアフリカ系のスプリンター二人にした。スピードに活路を見出そうとしたのだろう。苦肉の策はあてが外れた。ボールを収められず、縦に蹴るだけの攻撃は単発で相手に押し込まれ、中盤が支えきれず、最終ラインも下がらざるを得なかった。
失点は時間の問題だったと言える。クロスがオウンゴールになり、その焦りから直後にも2点目を許した。
格上と戦う時、スピードに頼るのは一つの定石だろう。しかし、この策は世界トップ レベルでは通じない。アジアに置き換えた場合、同じことが起こる。スペインやドイツは、局面での強さ速さも持ち合わせたディフェンダーを擁し、ラインコントロールも抜群で、縦一本のパスが通じることは奇跡を願うようなものなのだ。
森保ジャパンも、これをもって他山の石とすべきだろう。
森保ジャパンに推したい4人の選手! スペインサッカーに学ぶ森保ジャパンが奇跡を起こす「神算」(後編)
今シーズン、欧州最高峰のチャンピオンズリーグ(CL)を席巻したビジャレアルの戦いには、森保ジャパンが教訓にすべき点が少なくない。前編につづき、カタールW杯で日本代表が勝ち抜くためのヒントをスペインの小さなクラブの戦い方から探る。
アジアの戦い方から世界の戦い方へ
ペドリに代表される個の力
セカンドレグ、ビジャレアルは本拠地でのリバプール戦、前半を終えて2-0とリードしていたが、勝負そのものは拮抗。どう転んでもおかしくはなかった。 早い話、G・モレーノが復帰し、攻撃の形を作ることができていた。それに引っ張られるように守備も好転。一人の個がモノを言うのが、サッカーの真理だ。
森保監督も、大迫勇也にG・モレーノの万能さを求めている節がある。二人のFWは、タイプ的には似ている。攻撃でリズムを作り、守備のスイッチも入れられる。 しかし、大迫はG・モレーノの域には及ばない。また、Jリーグに復帰する前のシーズンからは得点の気配がなくなった。怖さがないだけに、ポストワークの質も下がっているのだ。
あえて代役候補を探せば、鹿島アントラーズの上田綺世になるか。空間を把握する能力に優れ、動きながらボールを扱うパワー、スピードもある。シューターとしても足が振れるし、そのインパクトはJリーグでは飛び抜けているが…。
森保ジャパンが弱者の兵法で相手をひっくり返すには、まだまだ大会まで個の開発が必要だろう。時に、一つの個が戦術を機能させる。フランクフルトの鎌田大地はヨーロッパリーグでも大活躍しているが、たとえどのような戦い方を選択するとしても、彼のような試合を決められる選手の台頭が望まれる。

ブンデスリーガでも確固たる実績を残す鎌田
サッカーは11人のスポーツだが、しばしば個人が戦術を司る。例えば、今シーズンのFCバルセロナはペドリがいる試合、いない試合では雲泥の差がある。それは、リバプールのファン・ダイク、バイエルンのロベルト・レバンドフスキ、レアル・マドリードのカリム・ベンゼマにも同じことが当てはまるだろう。
日本代表GKに求められるもの
ビジャレアルは、チームとしても論理的に作られている。勝つために、まずは守りの堅固さをおろそかにしない。だからと言って、ラインを下げ過ぎて相手に自由を与えることはせず、必ず攻め手を残すことで警戒させる。守るためにも攻めるためにも、できるだけボールを持つ時間を増やすことも念頭に置いている。
具体的にエメリ監督はポゼッション率を高めるため、足技に優れたGKヘロニモ・ルジを起用している。総合力では他の選択肢がある。しかしチームマネジメントを考えた場合、GKに戻したボールで攻撃をリトライできないと勝負にならない、と判断しているのだ。
この点、現在はヴィッセル神戸を率いるミゲル・アンヘル・ロティーナも似ている。「守備的」と揶揄される監督だが、セレッソ大阪時代もGKにキックのスキルを強く求め、ボールを失わないロジックを作り上げていた。おかげで、キム・ジンヒョンのボール技術は確実に向上したほどだ。
森保ジャパンは攻めるにせよ、守るにせよ、ボールを握る力が弱すぎる。攻撃では縦一本のパスを多用し、簡単にボールを失い過ぎる。アジア最終予選でさえも、つなぎがノッキングしていた。
その点、横浜F・マリノスの高丘陽平のようなGKを抜擢するのも一計だろう。足技の技量は日本人屈指。Jリーグで日本人GKとして最上位のクラブでプレーし、アジアチャンピオンズリーグでも活躍している。代表に選ばれても不思議はない存在だ。
森保ジャパンに必要不可欠な選手
森保監督はポゼッションよりも、積極的なプレッシングで奪い返し、スピードのある攻撃につなげる算段があるかもしれない。しかし、トップレベルではプレッシングは回避されるし、消耗戦に持ち込まれる。ハードワークなど最低限の条件で、世界に対抗する術ではない。
例えば、ビジャレアルもプレスを回避する形を持っている。左利きのセンターバック、パウ・トーレスが左サイドにやや流れ、相手全体を引き寄せ、左足で一気にサイドチェンジする。これでプレッシングを無力化し、攻撃を可能にできる。リバプール戦、セカンドレグでの2点目は、まさにその展開だった。
そしてビジャレアルが2-0とトータルスコアで追いついた後、3点奪われて敗れた理由もプレッシングとリンクしている。
ビジャレアルは前半からかなりの強度でプレスに出ていた。奪ったボールに対し、総がかりで突っ込む。それによって、同点に追いついた。しかし相当な走力を費やし、後半のパワーダウンは明らかだった。結果、61分にファビーニョに一撃を食らった後、総崩れとなったのだ。
森保ジャパンがビジャレアルから学ぶべきは、合理的なアプローチだろう。極端な攻めでも、守りでもない。その点、どんな状況でも対応できる選手としては、ロシアリーグ、ロストフFCからヴィッセル神戸に移籍したMF橋本拳人を強く推す。彼ほどの万能選手は今の代表にはおらず、アンカー、インサイドハーフ、ボランチとポジションだけでなく、マンマーキング、ゾーンと戦術適応力も高い。コクランのようにサイドMFとして相手を封鎖し、攻撃に出る力もある。
ただ、ここまで「弱者の兵法」を説いてきて逆説的な結論を書くようだが、筆者はロシアワールドカップ、ベルギー戦で目にした「真っ向勝負」の輝きが忘れられず、そこに活路を見出すべきだという意見である 。主体的に戦えるだけの人材はいる。例えばドイツで飛躍を遂げた鎌田は傑出した技術を見せ ており、代表に選ばないなどあり得ない 。
一つ言えるのは、攻め手まで少なくしてしまっては勝ちを拾えないということだろう。ビジャレアルも、結局は「個」 が状況を打開し、ゴールにつなげている。守るのはいいが、腰が引けたら敗北は必定だ。
弱者の兵法の「神算」は、敵を叩きのめすという覇気にある。
取材・文/小宮良之 写真/gettyimages
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