インフルエンザが3年ぶりに流行している。先日インフルエンザと診断された筆者の友人は、「(軽症で済んだ)コロナよりキツかった」とうめくように漏らしていた。そしてもう一つ、大変だったと彼が振り返るのが「病院での待ち時間」だ。
インフルエンザのような症状があって、医療機関を受診する場合、一般的には「インフルエンザ迅速検査」をすることになる。この場合、診察のときに鼻や喉の奥を綿棒などで拭われたあと、結果が判明してまた診察室に呼ばれるまでに、待ち時間が発生する。
ただでさえ体調が悪い中、外出し、さらに待つことになるというのは、患者にとって負担になることがあるだろう。

「痛みも少なく待ち時間も短い」インフルエンザ検査の革新的ハードウェアが実用化。日本初のAI新医療機器「nodoca」とは?
インフルエンザの診察といえば、鼻や喉の奥を拭われて「痛っ」となるあの検査を思い出す人も多いだろう。しかし、そんなインフルエンザ検査に全く新しい選択肢が付け加わった。インフルエンザを判定開始から、数秒から十数秒で判定できるAI搭載の“新医療機器”が、ユニークな医療スタートアップによって実用化されたのだ。一体どんなプロダクトなのか、開発元を取材した。聞き手は、ヘルスケアとテクノロジーの双方に造詣の深い医療記者の朽木誠一郎氏。
専用カメラで咽頭を撮影
医療系だけどテクノロジードリブン

では、もし最初の診察のときに、一気に「インフルエンザかどうか」の結果まで判明したら–––––。診察室に戻る必要がなくなり、患者の負担は大きく減る。こんな夢のような話が、あるユニークな医療スタートアップにより、すでに実用化されているのだ。
その医療スタートアップとは、2017年11月創業のアイリス株式会社だ。代表取締役は医師でもある沖山翔氏。救命救急医として勤務したあと、医療ベンチャーの株式会社メドレー執行役員を経て、アイリスを起ち上げた。取締役副社長CSOの加藤浩晃氏も医師で、厚生労働省に出向経験がある。
そう聞くと「医療色の強い風土」を想像してしまうが、アイリスは社内に優秀なエンジニアたちを擁するテクノロジードリブンの企業でもある。同社の複数のメンバーは、Google運営のAIコンペプラットフォーム「Kaggle」にてGoldメダルを獲得している。
アイリスが取り組んでいるのは、AIを活用した医療機器の開発だ。そして2022年12月、ついに最初のプロダクトである「nodoca®」の一般販売をスタートした。
日本では医療機器を勝手に製造販売することはできない。アイリスももちろん、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の審査を経て医療機器の承認を受けている。しかし、「AIを活用した医療機器」というまったく新しい医療機器の審査においては、苦労も多かったという。
日本初(※1)のAI搭載「新医療機器(※2)」は、いかにして誕生したのだろうか。同社執行役員の田中大地氏に話を聞いた。

アイリス株式会社の執行役員でマーケティング/PR担当の田中大地氏
(※1)PMDAが公開する令和3年度~平成23年度の新医療機器の一覧及び令和4年度の承認医療機器を確認する限りの情報
(※2)「医療機器の製造販売承認申請について」(平成26年11月20日 薬食発1120第5号)」第1・2(2)が定める定義
咽頭をクリアに撮影するための専用カメラ
nodocaが患者に提供するのは、「痛みが少なく、判定開始から数秒〜十数秒で判定結果を得られる検査」だ。
nodocaを使ったインフルエンザ検査では、まず土台部分に小型のモニター、筒の先にレンズがついた専用カメラを患者の口の内に挿入し、咽頭(喉の奥)を撮影する。カメラは後述するAI解析に適した咽頭画像をクリアに撮影するために独自に設計・開発されたものだ。



日本初のAI活用した新医療機器「nodoca」。判定開始から数秒〜十数秒でインフルエンザの判定結果がわかる
この画像と問診情報等が安全なクラウド上にアップロードされ、AIによりインフルエンザに特徴的な症状や所見が発生していないかチェックされて、即座に判定結果として返ってくる。
AIは延べ100以上の医療機関、1万人以上の患者の協力のもと収集された、50万枚以上の咽頭画像を元に開発されている。

「nodoca」に搭載された専用カメラ。咽頭画像をクリアに撮影できる

実際に「nodoca」で撮影された咽頭画像。インフルエンザ濾胞あり(左)とインフルエンザ濾胞なし(右)
カメラで撮影するだけなので、従来の検査と比べて、痛みはほとんどない。672人を対象に治験を行ったところ、痛みの評価は10段階で0.8と非常に軽く、治験参加者の90.6%が「今後はnodocaの検査を受けたい」と回答したという。
また、判定開始から判定結果が得られるまでが数秒〜十数秒と短いことも、大きなメリットとなる。患者にとっては待ち時間が大幅に縮まり、それは医療機関側も患者に対応するリソースが減るということでもある。特に、いまだ続くコロナ禍で医療機関の負担が大きい社会状況下では、大きな助けになるだろう。

「nodoca」を利用した検査では、痛みが少ないのが一番のメリット。治験時のNRS(痛みを評価するスケール)では「平均0.8」と非常に低いものだった
「別の疾患にもアプローチしていきたい」
nodocaは20222年4月に「新医療機器」として、所管の独立行政法人・医療品医療機器総合機構(PMDA)の審査を経て製造販売の承認を取得。新医療機器とは、「既存の医療機器と構造、使用方法、効果または性能が明らかに異なる医療機器」のことだ。
従来のインフルエンザ検査は、粘膜を拭って「そこに病気の原因のウイルスがいるか」どうかを判定するものだった。ハードウェアで撮影した画像と問診情報等に「インフルエンザに特徴的な症状や所見が発生しているか」どうかを判定するnodocaとは、考え方が根本的に異なる。
それゆえに、承認を得るまでは困難も多かったという。田中氏は「nodocaの有効性をどのように検証するか、というところからPDMAと一緒に作り始めるようなものだった」と振り返る。
だからこそ、創業から5年という、スタートアップにしては長期にわたる時間を要した。しかし、医療機器開発は10年から20年以上かかると言われることもあり、実は5年での承認取得は驚異的なスピードだという。承認に漕ぎつけたのは、「(アイリスの)人材の力があったから」だと田中氏はいう。
医師でありながら医療ベンチャー経営の経験がある沖山氏、厚労省出向の経験がある加藤氏以外にも、経済産業省や医療機器メーカー出身者など、そのメンバーは幅広い。その結果、同社が確認する限り日本で初めて、AIを搭載した新医療機器が誕生した。

独立行政法人・医療品医療機器総合機構(PMDA)が公表している「令和4年度承認品目一覧(新医療機器)」(https://www.pmda.go.jp/review-services/drug-reviews/review-information/devices/0045.html)
現在、多数の医療機関から引き合いがあるというnodoca。nodocaのインフルエンザ検査は2022年12月より保険適用されており、保険点数(診療報酬)は既存のインフルエンザ検査と同等。つまり、医療機関にとっても患者にとっても、金銭的な影響は同じだ。
だとするなら、今後はより痛みが少ないnodocaが使われるシーンも増えていくであろうことは、想像に難くない。
「まずはnodocaをしっかりと世の中に広めていくことが重要。、同時に、インフルエンザ以外疾患も適応拡大を見据えて、現在研究開発を進めているところです。」(田中氏)
インフルエンザという、誰にとっても身近な病気。その新しい検査方法から覗くことができるのは、私たち人類の未来なのかもしれない。
聞き手・構成/朽木誠一郎
文/毛内達大
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