——そもそも、なぜ音楽会社であるユニバーサルミュージックさんが、軍儀の商品化に乗り出したのでしょう?
たしかに弊社は音楽会社なのですが、私の所属する部門では、音楽関連商品とあわせてさまざまな商品やサービスの開発に取り組んでいます。社内は比較的新しい企画の提案をしやすいこともあり、私自身もこれまでにない発想で新商品をつくれないかと考えていました。そのときに浮かんだ企画のひとつが軍儀の商品化だったんです。それも単なるファングッズではなく、作品の描写に忠実に、かつ実際にボードゲームとしても成立するものをつくってみよう、と。
——藤田さんご自身も、もともと『HUNTER×HUNTER』のファンだったのですか?
もちろんです。なかでもやっぱり、キメラアント編にはすごく思い入れがあって。まさか「軍儀」という架空のボードゲームを軸に、あんな重厚なストーリーを描けるなんて……! いつか自分も軍儀で遊んでみたいと、ずっと思っていました。

あのHUNTER×HUNTER「軍儀」はいかにして具現化されたのか?
今年2月、『HUNTER×HUNTER』に登場する架空の盤上競技「軍儀」の再現商品の発売が発表され、大きな話題を呼んだ。このプロジェクトの発案者であり、開発チームのリーダーを務めたユニバーサルミュージック合同会社の藤田啓さんに、商品化までの舞台裏を伺った。
HUNTER×HUNTER「軍儀」開発者インタビュー
大手音楽会社が「軍儀」の商品化に挑んだワケ

「神経質なところが、具現化系っぽいかも」と自己分析する藤田さん(撮影/鳥野みるめ)
——ある意味、長年あたためてきたアイデアだったんですね。一方で、社内にはアニメを見ないような人もいるわけですよね。企画を通すのに苦労はしませんでしたか?
それがそうでもなくて。最初に部内で企画をプレゼンしたときの感触も良かったですし、私以上に『HUNTER×HUNTER』を愛している同僚もいて。「絶対に商品化してください!」と背中を押してくれたりもしました。やりたいことがあれば、本当に自由に挑戦させてくれる会社なんです。
しばらくしたら毎晩「軍儀」の夢を見るようになって……
——そこからどのように商品化を進めていったのでしょうか?
弊社にはゲームづくりのノウハウはほとんどありませんし、私自身が何かをつくれるわけでもありません。そこで頼ったのが、社外のパートナーでした。ありがたいことに「あの軍儀を商品化するなら」と、ボードゲームの専門家や、プロダクトづくりに長けたメーカーさんがこころよく力を貸してくれて。「ノヴやモラウのような歴戦の強者が仲間になってくれた!」といった感じで、すごく心強かったですね。彼らとともに、プロダクトづくりとルールづくりを並行して進めていきました。
——プロダクトづくりは、スムーズに進みましたか?
駒の形状の最適化には、かなり苦労しました。軍儀では「ツケ」といって、駒を三段まで積み重ねられるのですが、そのときに駒同士がグラつかないようにするのが思いのほか大変で。そこをクリアした上で、どの角度からみても原作通りの仕上がりになるよう、アニメを繰り返しチェックしながら微調整を重ねていきました。あの頃は、夢のなかにも軍儀が出てきたくらいです。

徹底的なこだわりによって、文字通り「具現化」された軍儀の駒(画像提供/ユニバーサルミュージック合同会社)
——まるで具現化系のイメージ修行じゃないですか……!
言われてみればそうですね(笑)。実制作を担ってくれたメーカーさんの尽力もあって、「本物感」のある駒に仕上がったと感じています。手にとっていただいた際には、駒を打ったときの「バチッ!」という感触を、ぜひ楽しんでいただきたいです。
原作の描写を手がかりに「ツケ」や「新」を再現
——ルールづくりでは、どんな点にこだわったのでしょう?
作中の描写を守りながら、いかにゲームバランスを高めるか。そこに最もこだわりました。軍儀は縦横9✕9マスの盤に駒を配置し、一対一で対局する将棋のようなゲームなのですが、いくつか独特の要素があります。
象徴的なのが、先ほども触れた「ツケ」です。作中ではツケがあることで、対局を有利に進めるには「立体的な視点が必要」と言及されているのですが、それ以上の具体的な描写はなくて。そこでまず考えたのは「ツケることで駒の移動範囲が広がる」というルールです。将棋の「成り」に近いイメージですね。さらに「取ったりツケたりできるのは、同段以下の駒に限る」というルールも加えました。
——「高い位置にある駒の方が強い」とすることで、軍儀の立体性を再現したわけですね。そういえば、公式の解説動画を視聴して気になったのですが、ツケたあとで動かせるのは、一番上の駒だけなんですね。二段、三段と重ねたまま動かせるものだと思っていました。

アニメだけでなく、ときには漫画も参考に(撮影/鳥野みるめ)
そこも今回の商品化にあたって、独自に追加したルールです。というのも、駒を重ねたまま動かせる仕様だと、ツケが強力過ぎてゲームバランスが崩れてしまうんです。それと同時に「ツケたあとで動かせるのは一番上の駒だけ」という制約を設けることで、戦略の自由度を高めたいという狙いもありました。
——と、言いますと?
相手の駒の上にツケておいた自駒を動かすと、どうなると思いますか? 相手の駒が復活してしまうんです。つまり、一度相手の駒にツケたとしても、うかつに自駒を動かすと、いきなり形勢逆転なんてこともあるわけです。
軍儀には、開始時に配置しなかった自駒を自由に盤面に投入できる「新(あらた)」というルールもあるのですが、こちらもゲームバランスという観点から「盤面上の自駒より手前(自陣側)に打たなければならない」という制約を設けています。原作の描写と矛盾のない範囲で、よりゲームとしての完成度を高めるための工夫のひとつです。

作中の棋譜とも矛盾が生じないようにルールを調整していった(アニメ『HUNTER×HUNTER』より)© P98-22
いつか藤井聡太五冠にも意見を伺ってみたい
——そういったゲームバランスの調整は、どのように進めていったのですか?
ボードゲームの開発に長けたメンバーが、それぞれの駒の動かし方など、大枠のルールを設定し、あとはチームのみんなで議論しながらゲームバランスを調整していきました。話し合いを重ねるなかで大事にしたのは、「作中の描写を再現できているか」「ボードゲームに詳しくない方でも楽しく遊べるか」といった点です。もちろんルールに破綻があってはいけないので、議論のなかで提出されたアイデアの実現性は、テストプレイを繰り返して検証します。こうした手順を踏んで、ゲームバランスの調整を進めていきました。
——原作に忠実に、かつゲームとしての完成度がそこまで高いとなると、「孤独狸固(ココリコ)や、「中中将(ナカチュウジョウ)」といった、作中の定石も再現できたりするのでしょうか?
もちろん、作中の定石をなぞることはできます。ただそれが、どこまで有効な戦法なのかは、わかっていなくて。たとえば「孤独狸固」は「中中将」で返されると、もう勝ち目がないとされていましたが、コムギとメルエムの最後の対局では、「孤独狸固」を仕掛けた側が「4-6-2忍」と打つことで、再び形勢逆転できると描かれていたじゃないですか。ただしそれが「本当にそうなのか」について、当プロジェクトでは結論が出ていません。コムギとメルエムは、『HUNTER×HUNTER』の世界でも最高峰の打ち手ですからね。彼らが正しいのかもしれないし、もしかすると藤井聡太五冠のような方からしたら、コムギとメルエム以上の解が見えるのかもしれません。いつかご意見を伺ってみたいですね(笑)。
コムギとメルエムの「最後の一局」に隠された秘密
——お話を伺っていると、軍儀というのは想像以上に複雑なゲームなんですね。
将棋やチェスと比べても、圧倒的に自由度が高いですからね。ただ一方で、軍儀を敷居の高いゲームにはしたくなくて。「東ゴルトー共和国では、国民のほとんど全員が軍儀を打てる」という設定があるじゃないですか。それに従うなら、軍儀は子どもでも遊べるゲームじゃないとダメなんです。
そこをどう解釈すればいいのか悩んだ末に、レギュレーションを「入門編」「初級編」「中級編」「上級編」の4種類にわけることにしました。作中では描かれていませんが、もしかしたら東ゴルトー共和国の子どもたちも簡略化したレギュレーションで軍儀を学んでいくのではないかと考えたんです。
——もしかして、「通常版」と「ハイエンド版」の二種類があるのも、同じような理由からですか?
そうなんです。メルエムとコムギは、脚付きの軍儀盤で対局していますが、あんな立派なものを国民みんなが持っているとは考えにくい。きっと東ゴルトーの庶民は、もっと簡素なもので遊んでいるのではないか。そう解釈して、盤台ではなく「軍儀盤シート」で遊べる通常版も用意することにしたんです。

通常版のセット内容(画像提供/ユニバーサルミュージック合同会社)
実はこれはあとから気づいたのですが、メルエムとコムギの最後の対局でも、シート状の軍儀盤が使われているんです。あれはつまり、ふたりが最後に過ごした宮殿地下の住宅に備え付けられていた、簡易的な軍儀セットだったのではないでしょうか。それまでは宮殿で打っていたわけだから、しっかりとした脚付きの軍儀盤があった。そう考えると、すごくしっくりきませんか。

宮殿での対局では、脚付きの軍儀盤が使われている(アニメ『HUNTER×HUNTER』より)© P98-22

宮殿地下の住宅で行われた対局では、シート状の軍儀盤に(アニメ『HUNTER×HUNTER』より)© P98-22
——軍儀盤の形状にはまったく目がいっていませんでした……! たしかにそう考えると、すべての辻褄が合いますね。
あくまでも私の勝手な想像ですが「冨樫先生は、そこまで考えて物語をつくっているのか」と驚きました。もしそうだとしたら、人間業じゃないですよ。念能力を使っているとしか考えられません。
4万8400円のハイエンド盤が、たったの3時間で準備数に到達
——プロジェクトを進めるにあたって、想定外の事態はありませんでしたか?
どのフェーズも大変といえば大変だったのですが、幸いなことにネフェルピトーが初登場したときのような「どうしようもない絶望感」を味わうことはありませんでしたね。強いて言うなら、最も想定外だったのは、第一次受注の際の反響の大きさかもしれません。
あの日は、在宅で仕事をしていて。部屋にこもって、ひとりで特設サイトのオープンを見守っていたんです。受付を開始した時点では、ジワジワと注文がくるくらいだったのですが、ファミ通さんの紹介記事がバズったことで、注目度が一気に跳ね上がって。結局、ハイエンド版は3時間で生産準備数に達し、通常版も即日で予約を一時的に停止することになってしまいました。かなり多めに数を用意しておいたつもりだったのですが……。予約できなかったお客様には、本当に申し訳なかったと感じています。

あまりの反響の大きさに「やっちゃった!」と思ったという(撮影/鳥野みるめ)
——予想を大きく上回る反響に、手応えも感じたのでは?
これだけやって、もしも売れなかったらどうしよう、というプレッシャーからは解放されました。でも、素直に喜べたのは、ほんの一瞬です。そこからはむしろ「生産体制を整えて、一刻も早く受注を再開しなければ」ということばかり考えていました。
なんとか体制を整えて、3月には2次受注を開始できましたが、おかげさまでこちらも非常に好調で、ハイエンド版は準備数に到達しました。ただ、通常版についてはまだご用意がありますので、これから軍儀を手に入れたいという方は、そちらをご予約していただければ幸いです。
——商品化プロジェクトとしてはひとまず大成功だと言えると思います。勝因はどこにあったと分析していますか?
まずは何よりも『HUNTER×HUNTER』というコンテンツの力だと思います。それと「軍儀を商品化してほしい」というニーズが、潜在的に高まっていたことが最大の勝因ではないでしょうか。
プロジェクトメンバーにも恵まれました。特に彼らがスピーディーにプロトタイプを仕上げてくれたことは、商品化に向けての大きな弾みになったと感じています。集英社さんをはじめとした権利関係者のみなさんへのプレゼンの際にも、プレイできるレベルの試作品が完成している点を、高く評価していただきました。
あとは社内でも、細かい部分でさまざまな無茶を聞いてもらっていて。たとえば、倉庫での在庫管理ひとつとっても、かなりイレギュラーなオペレーションをお願いしているんです。普段はCDやレコードなどの音楽商品が置いてある倉庫に、いきなり盤台がやってくるわけですからね。発送の際の梱包や検品も、普段扱っている商品とはまったく異なります。それに対応してくれている関係者のみなさんには、感謝してもしきれません。

ネテロばりに感謝の気持ち忘れない藤田さん(撮影/鳥野みるめ)
4月30日のニコニコ超会議で、プロ棋士の公開対局が実現!
——今後の展望を教えてください。
軍儀をより多くの人に届けられるよう、地道に取り組んでいきたいです。ビジネスも念能力と同じで、一朝一夕で成果が得られるわけではありません。たゆまぬ努力を重ねていくしかないと思っています。個人的には、実際にみなさまが軍儀でどんな風に遊んでくれるのかを楽しみにしています。私たちが定めたルールは、あくまで「こういった解釈があるよ」というものに過ぎないと思っていて。多くの人が対局を繰り返すなかで、もしかしたらもっと良いルールが生まれるかもしれない。将棋やチェスがそうであったように、プレイヤーの集合知によって、軍儀が洗練されていけばいいなと思っています。
プロの棋士やチェスプレイヤーにも、ぜひ軍儀を打ってみてほしいですね。実際に、4月30日のニコニコ超会議では、村中秀史七段と伊藤真吾六段による公開対局も予定されています。プロの棋士によって、どんな一手が編み出されるのか、すごくワクワクしています。
取材・文/福地敦
撮影/鳥野みるめ
トップ画像提供/ユニバーサルミュージック合同会社