以前、都内に美味しい塩ラーメンの店がありました。鶏をメインにした澄んだスープで、きっと黄金色の鶏油が浮かぶ美しい見た目だった、はず……。なぜ推測なのかと言うと、その「色」が見えなかったから、つまり、その店の丼が黒だったからなのです。透明感のあるスープの繊細な色合いなど少しもわからない。閉店したあとでは虚しいですが、白い丼だったなら、どれほど見栄えがしたか。
また、ある豚骨ラーメンのお店が、オープン前に試食会を行なったときのこと。ラーメンを食べた客の多くが「味はいいけど量が少なすぎる」と不満を漏らしました。そこで店主が、違う丼に変えて出したところ、全員が「そうそう、これくらい入っていなくちゃ」と喜んだ。
しかしこの2杯、ラーメンの量はまったく同じだったのです……。
はじめの丼は、色は黒、そして縁が垂直を向いたタイプの丸丼。次に出したのが口の開いた切立(もしくは、きりたち)という形の白い丼。視覚は、思いのほか自分の感覚を支配しています。それはときに、実際に感じる味覚までも左右してしまうほどに。この例では、俯瞰したときの直径の差、白が膨張色であること、豚骨スープにより近い色だったことなどが錯覚を呼び起こし、同じ量を増えたと感じさせたのです。
ラーメンは見た目が9割!? ビジュアルで味が変わる不思議
美味しいラーメン店をたくさん知ることより、大事なことがある。その流行に左右されずにどんな1杯でも楽しめる自分になること。ラーメンを楽しむ基本やヒントを身につけるために、気軽な入門書『教養としてのラーメン』(青木健著・光文社)から一部抜粋・再構成してお届けしたい。
教養としてのラーメン #3 ラーメンのビジュアル
丼の色や形状が変わるだけで、味や量まで違って感じる

ラーメンの丼は主に4種類の形状に分かれる
食欲をかき立てる色の組み合わせ
ほかにも、丼の厚さや角度が唇の触感に影響し、食べやすさや満足度まで変えてしまう場合があります。某店で人気のサイドメニューはサービス価格の100円ですが、その器が厚くて重い。これがプラスチック製の軽いものだったら、客は安っぽく感じてしまうでしょう。また別の店の丼は、手びねり風の器で、しかも表面の手触りがざらついており、使用している焼き干しの素材感とマッチしています。
ファッションに詳しい人ならご存知かと思いますが、カラーコーディネイトに「差し色」というものがあります。全体が淡い色の中に濃い色をワンポイントで置く。暖色系の色調に1アイテムだけ青や緑を取り入れる。そうすることで全体が引き締まって見えるわけです。料理の世界でも同じこと。ラーメンなら、たとえば緑のニラ、赤いレンゲ、水が入った半透明の青いグラス……それらが、全体をより美味しそうに演出し、食欲をかき立ててくれるのです。
人間には錯覚や先入観など、たくさんのバイアスがかかります。それを計算に入れるのも店主のセンスであり手腕ですが、客としても意識しておくと、ヘンな誤解をせずに済むのです。ちなみに私の場合、差し色の食材は最後まで残しながら食べ進めています。彩りも味のうち、ですね。
具材が違えば味の印象も変わる
丼の問題と合わせて意識したいのがビジュアル面です。食欲をそそる彩りや、食べやすい盛り付けは、食事の第1章。今なら「インスタ映え」なども無視できないほど、見た目は味の印象を左右します。
たとえば、スープと麺が同じラーメンでも、載っている具材が違ったらどうでしょう。「モモ肉のチャーシュー、ほうれん草、輪切り葱、メンマ、ナルト」と、「鶏と低温調理の豚の2種類のチャーシュー、水菜、白髪葱、穂先メンマ、糸唐辛子」では、その印象はまるで違います。同じ味だと気づかず、前者は昔ながら、後者は現代的と鵜呑みにする人が大半でしょう。私だって判別する自信はゼロ。
そうした誤解もある反面、ラーメンの見た目から店主の意図を読み取ることも可能です。葱や生姜が中央にまとめられていたら「まず何も混ざらない状態でスープを楽しんでほしいんだな」と想像がつきますね。桃色の低温調理チャーシューなら、そのままの状態を維持するために端によけたりも。また、ラーメンの写真を撮る人の中には、はじめからレンゲが入っているのを嫌う人がいますが「レンゲがスープで温まった状態で使ってほしい」という店主の配慮かもしれません。

具材の色ひとつ違えば印象も変わる
デザインとしてのラーメン
近年は、麺線(麺の並び)をきれいに揃える店が増えました。澄んだスープの中に整列した麺は、たしかに美しく見栄えもするのですが、麺によってはかえって引き抜きにくかったり、細麺同士が何本もガチッとくっつき、残念な食感になっている店も……。そんなときは慌てず、自分で手早くほぐしましょう。
個人的に興味深いのは、高田馬場「渡なべ」が、白葱の上に青葱を載せたこと。これが地味ながら超画期的で、実は数々の有名店も、あと追いで取り入れているのです。豚骨ラーメンに青葱の緑はマッチしますが、茶系のスープの上では明度的に重たい。そこに白葱を挟むことで、青葱が品良く映えるのです。また、私が某店からアドバイスを頼まれたときは、隣接した海苔とほうれん草の位置を離すよう助言しました。ほうれん草の緑が海苔の黒に引っ張られ、暗く見えたからです。
ナルトは今でこそラーメンの象徴、懐かしさすらあるアイコンですが、もとはおかめ蕎麦からの借り物ですし、古い文献をあたると「正に邪道」「しょう油の色にマッチする訳がない」と断ずる記述もあります。たとえ今のラーメンに珍奇なものが載っていても、それが未来に定番化する可能性は大いにあるのです。
教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネスーー50の麺論
青木健

2022/1/18
1705円(税込)
単行本ソフトカバー 192ページ
9784334952884
『教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネス――50の麺論』(光文社)
日本人にとっての国民食、ラーメン。お店のこと、味のこと、作り方の話、店主の話、ビジネス的側面、ラーメンファンのこと、ご当地ネタ、歴史などの基礎知識・うんちく・トレンドなど網羅したラーメン全体を俯瞰し見渡す一冊。
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