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30年間上がらない賃金

メーカーに勤務する中堅社員・田中聡史さん(39歳・仮名)の声をお聞きください。

「私は、最大手ではありませんがそれなりに知られた国内のメーカーに勤務しています。新卒で入社した時にはいい会社に入れたかなと思ったのですが、今は胸の内がモヤモヤしています。若手時代を経て、中堅社員として役職に就いてから、賃金がほとんど増えていません。10年近く据え置かれたままなんです。

私の会社では、係長に相当する等級以上の社員は一人ひとり、半期ごとに期間の実績や取り組みを自己申告シートに書き込み、4段階で査定・評価されるのですが、最上位の評価を得ないと賃金が上がらない仕組みです。上から2番目の評価で現状維持、3番目以下では減らされてしまいます。最上位の評価を得る社員はほんの数%です。そんな人たちにしても最上位を続けて取ることは稀なので、賃金が増えている社員はほとんどいないと思います。

会社の経営が苦しいわけではありません。一時期は赤字に陥りましたが、今では業績は決して悪くなく、それなりの利益をきちんと出しています。中国での販路開拓がうまくいったのに加えて、私たちの人件費を削ったり、交通費や会議費などの諸経費を切り詰めたり、研究開発に振り向ける予算を絞り込んだりした結果です。私たちも身を切ってきたんです。会社にはそんな努力に少しでも報いてほしいと切望していますが、私たちの想いが叶う予感は今のところまったくありません。

私は管理部門に所属して、労務管理の仕事に就いています。今の仕事が嫌いではありません。常にではないですが、やりがいを感じることもあります。しかし先ほど言ったようにモヤモヤが晴れないんです。若手時代のように100%前向きな気持ちで仕事に取り組めません。仕事に没入することにためらいを覚えてしまう自分がいるんです」

この話を聞いて、身につまされた人はきっと少なくないでしょう。もしかしたら、あなたもそうかもしれませんね。

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田中さんは「賃金を10年近く据え置かれたままだ」と告白しましたが、実は10年どころか、この30年間、日本企業で働く社員の平均賃金はほとんど上がっていません。

それどころか「賃金が上がらないのは会社に貢献できていないからだ」と言わんばかりの巧妙な人事考課と賃金制度によって、社員の賃金を減らしてきた企業も少なくありません。頑張っても報いてくれない会社に対して、モヤモヤした気持ちを抱いている社員は多数派だと言っていいでしょう。

第1章ではまず日本の「安い賃金」に焦点を当て、社員のやる気が失われていった理由を浮き彫りにしたいと思います。

30年にわたって据え置かれてきた日本の賃金水準は今や先進国で最下位の水準に落ち込んでいます。

OECD(経済協力開発機構)加盟国38カ国の2022年の平均賃金よれば日本の均賃金は4万1509ドルで、38カ国中25位にとどまり、アメリカ(7万7463ドル)の半分強(53.6%)の水準に過ぎません。OECD加盟国平均の5万3416ドルや、ドイツ(5万8940ドル)、フランス(5万2764ドル)、イギリス(5万3985ドル)などヨーロッパ諸国と比べてもかなり低く、韓国の4万8922ドルをも下回っています。

日本より賃金が低い国はポーランドやハンガリー、チリなど経済的に低迷している国が中心です。

ちなみにOECDは、世界経済や各国経済の現状を分析し課題を協議するため、先進国主導で設立されました。加盟国は日本を含めて38カ国です。世界経済や各国経済に関する膨大な統計を調査・発表しており、統計の信頼性や網羅性の高さから「世界最大のシンクタンク(調査機関)」とも呼ばれています。