NHKから突然の出演依頼
飯塚のスマホに突然、見慣れない番号から着信が入ったのは、夏前のことだった。「NHKです」と聞き、「俺、なんか悪いことしたっけ? 受信料払ってるよな?」と慌てていると、夏の甲子園での解説の依頼だった。
まったく何の前触れもない、降って湧いたような話。瞬間的に、毎年の甲子園のテレビ中継で、解説者たちがマイクの前で知的に語る姿が頭に浮かんで腰が引けた。
「いやいや、僕は甲子園に縁もないし、東京六大学の出身でもないし、関東の人間だし、若くもないし……」と煮え切れない言葉を並べてみたが、「全然大丈夫です。全部クリアーです。引き受けていただけませんか」と熱心に誘われた。
関東地区から解説に呼ばれている社会人野球の先輩指導者たちが「いいヤツがいる」と推薦してくれていたという。「僕なんかでよければ」と快諾した。謙虚な言葉とは裏腹に、嬉しさで心が高揚していた。
初解説は大会5日目(8月10日)の明秀日立(茨城)-鹿児島実業戦。バックネット裏の高い位置にある放送席に座り甲子園のグラウンドを一望すると、スーッと鳥肌が立った。「あれはもう、最上級の特等席ですね」と楽しそうに言う。
飯塚は大学、社会人で優勝を経験。プロアマ合同チームとなったシドニー五輪に日本代表として出場し、現役引退後には監督としても日本一を勝ち取った。そんな華々しい球歴の中で、甲子園出場だけが抜け落ちている。二松学舎沼南高校(現・二松学舎大柏)2年生の夏、千葉県大会決勝戦で拓大紅陵に1-2で敗れた。
解説をしながら、ふと「あのとき勝っていたら、ここで試合が出来ていたんだな」という思いが胸をよぎり、少しせつなくなった。同時に「そんな場所で、まさか自分が仕事をする時が来るなんて」と感慨深かった。
「やっぱり野球は甲子園なんですよ。甲子園に出ていない人はエリートじゃないんです。だから僕は一番キャリアのない雑草解説者です」と自虐の笑顔。
だからこそ、甲子園には特別の思いがあった。一度だけ球場に入ったことがある。NTT東日本監督時代の2016年秋、大阪ドームで開催される日本選手権の試合の空き日、時間があったので、「甲子園も見たことないんじゃ優勝なんて出来っこねえよな」と、こっそり球場見学ツアーに申し込んだ。