1000キロ泳いだクロコダイルに「実らぬ恋」を重ねた
――世界最大の爬虫類、イリエワニことクロコダイルが主人公の第8話「クロコダイルの恋」は、小説となる以前から、同名の音楽劇として長らく歌い続けてきたものだそうですね。本書の巻末には、劇中の1曲「逢いたくて」のスコアが掲載されていました。
ドリアン助川 「クロコダイルの恋」は、語りと歌による音楽劇として2008年頃から上演し続けている、僕にとって思い入れの強いレパートリーのひとつです。
イリエワニは、かつて八丈島沖で死体が発見されたことがあるのですが、つまりは生息域から1000キロくらい泳いできたことになる。それだけの距離を泳いだとなると、何か強く追い求める対象がいたのではないか。それは恋する相手だったのでは?――などと想像が膨んでいきました。
また、毎日毎日延々と泳ぎ続けるその姿は、同じ世界や人生が何度も何度も永遠に繰り返されるという、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの「永劫回帰」も連想させます。
この物語の主人公は、実らぬ恋心を胸に死んでいくことになるのですが、ということは相手やこの世界を恨みもしたでしょうし、神に唾吐くような思いもあったはずです。そうしたところから、神を呪い、放浪と破滅的な恋を生きた詩人アルチュール・ランボーの人生を想起したり――そうしたさまざまな想像や連想が融合して、この物語はでき上がりました。
――「神に唾吐くような思い」といえば、生きていれば「本当に神はいるのか?」と嘆いたり、呪いたくなったりする局面というのは誰しもあると思います。この物語を読んで、かつてドリアンさんが書かれた『あん』(ポプラ文庫)という、世界26言語で翻訳出版されベストセラーとなった小説のことを思い出しました。
『あん』はハンセン病がテーマの作品で、14歳という若さで罹患し、人生のほとんどを療養施設「全生園」に隔離されて生きるしかなかった高齢の女性が登場します。彼女と交流を持つことになる主人公が、その過去を知り、神の無慈悲さに途方に暮れる場面が強く印象に残っています。
思えば、『ナイス実存』に登場する動物たちは、非情ともいえる自然の理から、時に残酷な最期を迎えることになりますが、それを司っているのも「神」に他なりません。そうした意味でも、「対神」という視点は、今作において非常に重要なテーマだと思います。
ドリアン助川 『あん』は、じつは「クロコダイルの恋」があったから書くことのできた作品なんです。ハンセン病をテーマにした小説を書こうというアイデアは頭のなかにずっとあったのですが、きっかけを捕まえることができぬまま10数年経ってしまっていました。
そんなある日、不登校の子どもたちを支えていたNPO団体の方から、「クロコダイルの恋」のライブをやってほしいとお声がけいただきました。当日、会場に行くと、客席の最前列にハンセン病の回復者の方々がいらっしゃっていた。その縁から、全生園にお招きいただき、取材をすることが可能になったんです。













