動物だからこそ「神」を違う視点から描ける
ドリアン助川 じつは僕も、ことあるごとにけっこう神に祈ってしまうタイプなのですが、それは特定の宗教上の神ではなくて、この世界を体現している根本の力に対しての祈りなんです。
宗教上の神は、いってしまえば信仰ごとに存在するわけで、それぞれが自分たちの神を‟絶対”と主張し合う状況を生み出し、世界中で戦争の火種になり続けています。動物を主人公にすることで、人間によって恣意的に作り上げられた「神」という存在を、また違った視点からとらえ直せるのではないかという予感もありました。
――人間を主人公にしたときにはうまく描けなかったものが、動物を主人公にすることで描けるようになる、ということもあると思いますか?
ドリアン助川 あるかもしれないですね。『ナイス実存』には、パンダが金灯籠に乗って天を支えるほど巨大な生命樹を見にいくという物語(第11話「パンダの選択」)がありますが、これを人間でやるのは……なかなか無理がありそうです(笑)。
動物だと、最初から虚構であることが自明なので、現実世界におけるリアリズムに縛られることなく、ダイナミックな表現ができるということはあると思います。
――最後に、〈動物×哲学〉の物語シリーズを2作書き終えた経験から、新たに生まれた関心などがあれば教えてください。
ドリアン助川 あらためて哲学への関心が大きくなり、またいろいろと本を読むようになりました。現象学の大家として知られるモーリス・メルロー=ポンティをはじめ、この年になってもほとんど歯の立たない哲学者の言葉というのがまだまだたくさんありますから、学ぶべきことは尽きません。
今は、物価高に加えて税金やら社会保険やらお金をバンバン取られてしまって、みんな生活が苦しい時代です。もちろん、それらに対してはどんどん声を上げて、改善していかなければなりません。
それは大前提として、一方で私たち人間は、ものを考えるだけでも豊かに生きていける生き物だ、という実感もあります。
僕も60歳を過ぎて、昔のようにバリバリ働いてお金を稼ぐなんてことも難しくなっているわけですが、年を取ったからといってすぐに死んでしまう時代でもない。本当に、どうやって生きていけばいいのか悩ましいところです。
でも前向きに考えるなら、それこそ『ナイス実存』で描いた動物たちのように、さまざまな視点から深くものを考えて、この世の中を新たにとらえ直していくことが豊かな日々をもたらしてくれるんじゃないかなって。
そのためにも、ますます勉強をしなきゃなと思っているところです。もちろん、ゆるゆる教の教義にのっとって、「ゆっくりマイペースで」をモットーに。
取材・文=辻本力 絵=溝上幾久子













