息子の一言に我に返る

そんな窮地を救ったのは、彼女がこれまでの人生で培ってきた、かけがえのない「人の縁」だった。

事態を察知した25年来の友人・河村さんはすぐに行動を起こす。河村さんはこれまで、多くのアーティストのライブやイベントに携わった過去を持ついわば業界人。

河村さんは現役時代の戦友である菊池さんに連絡。「shelaのためなら行く」と二つ返事で菊池さんは、現役で大型ライブハウスの現場を仕切る即戦力の後輩・高木さんを呼ぶ。

プロフェッショナルたちが、ノーギャラ同然の過酷な条件にもかかわらず、急遽名古屋へ駆けつけた。河村さんはその時の決意をこう振り返る。

「感謝されたいからじゃないですよ。プロとしての意地、そして何よりshelaのライブを成功させてファンを喜ばせたいという想いがあった。だから『私たちはいつも通り働くから、自信を持って歌ってみんなを泣かせてきなさい』とハッパをかけました(笑)」

さらに現場を支えたのは、shelaをデビュー当初から応援しているファンの一人。「ずっとshelaさんの歌に支えられてきた。今度は僕が力仕事でも何でも手伝います」と名乗りを上げたそうだ。

実は、彼は今回の主催者を紹介したという経緯があり、このトラブルに対して強い責任感と罪悪感を抱えていた。必死に手伝う彼に、河村さんが「もういいから、中に入って楽しんできなさい!」と背中を押すと、彼は堪えきれずに大粒の涙を流しながら客席へと向かっていったという。

本番当日は、そういった周囲の温かい優しさに救われた彼女だったが、そこに至るまでの道程は、孤独な葛藤の連続だった。

本番前夜、shelaの不安は最高潮に達し、連日の睡眠不足が身体を蝕んでいた。極限の寝不足から思うように声が出ず、ホテルの部屋で「やっぱり中止にしたほうがいいのかもしれない……」と、一度は心が折れてしまう。

「がっかりさせたくない」という完璧主義が恐怖となって膨らみ、精神は限界を迎えていた。その張り詰めた緊張感を破り、母の心をライブへと引き戻したのは、隣で静かに付き添っていた14歳の息子だ。

「僕が手伝うよ」

歌詞を忘れてしまった時のために歌い手側だけに表示するプロンプター(歌詞表示システム)を、その場で黙々と組み上げ始めた。そして、涙に暮れる母親の目をまっすぐに見つめてこう語りかけたそうだ。

「プロンプターもあって、音源もあって、河村さんたちもいて、お母さんの歌を聴きに来てくれるファンの人もいる。これだけそろっているのに、何ができないの?」

言い訳の一切を封じるような、14歳の息子の放ったド正論。

「本当にその通りだと、胸をつかれて、ハッとしました。やれない理由ばっかり探していたんだと思います。そういう自分の弱さに気づいて、こんなことで負けてちゃダメだ、“やる以外はない”と前を向くことができたのは、息子の一言のおかげです。

母親の私が息子にいろんなことを教えていかなきゃいけないのに、学ぶことばかりですね」

ブランクを感じさせない歌声を披露したshela(写真/本人提供)
ブランクを感じさせない歌声を披露したshela(写真/本人提供)