糖尿病の放置そして緊急透析
ダースレイダー(以下、ダース) 義太夫さんは透析歴18年を超える大先輩ですが、まずは糖尿病の発症から、人工透析の導入に至るまでの経緯を教えていただけますか。
グレート義太夫(以下、義太夫) きっかけは1995年でした。実は親父も糖尿病で亡くなっているんです。食道静脈瘤破裂でした。その一年後、自分も発症しました。夏場で、とにかく喉が渇いて、水をがぶ飲みしてはトイレに行く。でも、当時は「暑さのせいだ」「夏バテだ」と思い込んでいたんですね。
ダース 糖尿病は、自覚しにくいところがありますよね。僕もそうでした。
義太夫 ある日、映画を観ていたら急に字幕が読めなくなって。立ち上がった瞬間にそのまま倒れて、救急車で運ばれました。土曜日だったのでその日は点滴だけで帰されたんですが、月曜日に改めて血液検査をしたら血糖値が630mg/dL。即入院でした。
ダース 630mg/dL……。それは驚きましたよね。
義太夫 2週間の教育入院で、後半は自分でインスリンを打つ練習もしました。でもね、糖尿病って痛みがないんですよ。だから喉元過ぎれば……で、自己判断で通院をやめてしまった。
インスリンも打たなくなって、その間に病状が糖尿病性腎症へと進行していきました。担当の医師からも「このままだと透析になってしまいますよ」と警告されていたのに、どこか他人事だったんです。
ダース 透析を開始する前は、かなり体調が悪くなっていたんですか。
義太夫 そう。息切れやめまい、視力が落ちてきたり……。
ダース 今思えば、「何かおかしい」というサインは出ていたんですね。
義太夫 後から考えてみればそうなんだよね。その頃は背中じゅうにボツボツと吹き出物も出ていて、それも尿毒症の症状だったんです。そうして仕事でMCをやって、「OK」となった瞬間にフゥ〜っと倒れ込んでしまった。
そのまま病院に連れて行かれて、クレアチニンという腎機能の状態を見る数値を測ったら11・3mg/dLでした。その場ですぐ「今日から透析です」と言われました。知識も覚悟も何もないまま、何が起こったのかもわからなかったですね。













