性被害に遭った複数の女性たちの証言の集合体が物語の軸
――編集者は、徹底的に調べ上げたロヒンギャにおける世界観を自身で構築しなさいという大きなお題を出す意味で小説にしましょうと言われたのではないでしょうか。その答えが随所に見られた気がします。
「そうですね。現実と空想の狭間で会話するシーンは小説でなければ書けなかった。世界観を構築する上ではなるべく身近な人として捉えて欲しかったという気持ちがあります。
難民問題は、報道だとどうしても数字ばかりが目立ってしまうし、報じられるニュースには類型的な難民のイメージがありますよね。
大変な状況に置かれて苦しんでいる人たち、もしくはすごく努力をして社会貢献もしている優等生の様な難民の人。ニュースとしては、そういう人を描くことが、大事だというのも分かるんですが、そうでない人たちがたくさんいる。
ただ家族と幸福な生活を送りたいと思っている私たちと変わらない人たちが、この理不尽な暴力でキャンプに追われた。多くの人を登場させたのはそういう気持ちがありました」
スタッズ・ターケルのオーラルヒストリーのようなこの手法は、ロヒンギャ難民の姉弟の芒洋たる道行きを描き映画「ロストランド」を撮った藤元明緒監督をして「こういう描き方があるのかと思った」と言わしめている。
また自身も二度のロヒンギャ難民キャンプを訪問している角田光代氏も「あのキャンプに暮らすおおぜいの人たちは『難民』ではなく、名を持つひとりひとりなのだと、あらためて思い知る」と書いている。
今泉はIOM(国際移住機関)が運営する「ロヒンギャカルチュラルメモリーセンター(RCMC)」にも二度訪問し、ロヒンギャの建築や歴史のそれぞれのエキスパートに話を聞いてディテールの描写に役立てた。
ロヒンギャの女性の衣服や化粧、あるいは食に関しても調味料や料理法を細かく聞きこんで本書に反映している。そして人物についても同様に信頼関係を構築し心の内面から、言葉やしぐさを引き出している。
――ほとんどの登場人物にはモデルが複数実在するということですが、この小説では、国軍の兵士による組織的な性被害に遭ったヌールが、物語の中心に置かれています。ヌールのモデルになった人たちについて、そして彼女を中心に据えたその意図はどういうものだったのか教えてもらえますか。
「8月25日に起きたロヒンギャ危機の中で、女性の性被害というものが大きな問題として挙げられます。国軍は戦略としてラカインから追い出すために組織的にロヒンギャの女性たちを暴行しました。ヌールは性被害に遭った複数の女性たちの証言の集合体です。
私はモデルの 1人の夫とたまたま話す機会があったんです。妻がいない場で夫だけに話を聞けて、その人がモハマドのモデルの1人になっているんですが、その時に男性側もすごく苦しんでいることに気づきました。
自分の妻が受けた被害のことで自責の念があり、加害者に対するすごい憎しみと怒りがある。話を聞いた時は事件が起きてから10か月が過ぎていましたけど、彼はずっと苦しんでいるわけです。女性が受けた性被害はもちろん本人が一番傷つきますが、それだけでなくパートナーも家族もコミュニティ全体に影響している。
この問題はぜひ書きたいと思ってそのご夫婦を取材し続けたら、すごく互いの愛情を感じる瞬間があった。継続して会っていくと2人がそっと手をつないだり、写真を撮る時に夫が妻の服を直すとか、夫婦ならではの真実みたいなものを見てそのプロセスに感動しました」














