元は寿司屋? 記録に残らない店の来歴

東京・東神田、靖国通り沿いにある立ち食いそば店「そば千」。

建物の上には、黄色い地に黒い文字で「立食そば」と書かれた看板が掲げられている。

「そば千」の外観(撮影/ライター神山、以下同)
「そば千」の外観(撮影/ライター神山、以下同)
すべての画像を見る

店内には立ち食い用のカウンターがあり、正面のケースには天ぷらが並ぶ。「老舗」という言葉が、あまりにも似合うたたずまいだ。券売機などはなく、注文は口頭。代金もその場で現金で支払う。

注文からわずか数十秒で出てくるのも、昔ながらの立ち食いそば屋らしい。この店の特徴は、なんといっても黒いつゆ。クチコミでは「暗黒汁」とも呼ばれ、関東風のつゆのなかでも際立って黒い。

天ぷらがズラリと並ぶカウンター
天ぷらがズラリと並ぶカウンター

現在は「そば千」の名で知られているが、店主の前田さんによると、かつては店名よりも「黄色い看板のそば屋」と呼ばれていたという。

「これはあくまで噂の範疇なんですけど、ここは最初、寿司屋か何かだったんじゃないかという話があるんですよ。カウンターに、いま天ぷらを置いている棚があるじゃないですか。あれが、もともとは寿司ネタを置くケースだったんじゃないかと。そこからイトウさんという方がそば屋を始めました」(前田さん、以下同)

ただ、創業当時の詳細を示す、はっきりとした記録は残っていない。

「もう、その頃の話を知っている人たちも、だいたい亡くなっていますからね。僕が聞いているのも、あくまで昔からの噂話です」

イトウさんが何十年か店を続けたのち、体調を崩し、五十嵐さんという人物が店を引き継いだ。五十嵐さんも十数年にわたって店を切り盛りし、試行錯誤しながら、現在のつゆの味を作り上げていったという。

そして、イトウさんのもとでも、五十嵐さんのもとでも働いていたのが前田さんの母親だった。

先代の五十嵐さん(左)と、前田さんの母親(右)(写真提供、前田さん)
先代の五十嵐さん(左)と、前田さんの母親(右)(写真提供、前田さん)

その母親から約10年前、「少し手伝ってくれないか」と頼まれたことがきっかけで、前田さんはそば千の運営にかかわることになった。

「僕も『2、3カ月だったらいいよ』と答えて手伝い始めたら、気づいたら10年たっていました」