「ボールは友達」リアル翼くんだったからこそ本気で説く「監督は何より選手に楽しんでもらわないといけない」【中村憲剛×風間八宏対談 前編】_3

「100%の保持率」に本気の監督だったからこそ選手も覚悟できた

中村 風間さんがよく言っていた「ボールを失うな」。自分のボールを大事にしなさいっていうのは、僕も指導するフロンターレのアカデミーなどで選手たちに伝えるようにしています。

風間 そこはもう原点だから。フロンターレの監督になったとき、極端なことを最初にやったのは分かってる。セットプレーの練習もやらないって言ったくらい。

中村 ハッキリ言ってました。針の振り切れ方が尋常じゃないです、風間さんは(笑)。

風間 だってボールは取られないもんだって言ってるわけだから。まずそう思わないことにはっていうところだよね。
 

中村 僕もキャリアを積んできている以上、「100%の保持率」とか、「ボールを失わない」って言われても現実的じゃない。でも風間さんは本気でした。チームをガラッと変えようとしてくれる本気の監督についていったら、変わることができるんじゃないかって僕らも覚悟を持ていた。それに何よりやるべきことが明確でした。ボールを失った選手が、責任を持って全力で取り返しにいくとか分かりやすかった。

風間 点を取られたら、最初にボールを失ったところを指摘していたからね。ここでボールを取られなきゃ、この事象は起きなかったんだ、と。

中村 今振り返ってみると10代の選手に説明するみたいに分かりやすい言葉を使われていた気がします。だからガラッとチームが変われたんじゃないか、と。よく覚えているのが、風間さんが監督になって初めての試合のサンフレッチェ広島戦(2012年4月28日)。17本のパスをつないで1点取りました。結果は1対4で負けたゲームではありましたけど、あの1点で、これをやっていくんだなってみんなでバチッと覚悟を持てたと言いますか。その後のフロンターレのストーリーにつながってきましたよね。
 

風間 俺らは俺らでこういうのをやっていくよって示せただけでも俺は大満足だった。ボールを失うことなく周りもパスコースに顔を出しながらゴールを奪ったわけだから。4点取られたなら5点取ればいいだけのこと。ただ、パス17本は多いね(笑)。次第にパスを減らして失わずにいけば、もっと速く相手ゴールに迫ることができるわけだから。

中村 風間さんは練習自体短かったですね。1時間ほどで、あとは自主練でしたから。

風間 (練習が)良かったら良かったでそのままのイメージでいい。悪かったら悪かったで、これ以上長くは要らない。いずれにせよ、早く終わるほうがいい(笑)。
 

中村 ウォーミングアップで7対4のボール回しをやって、ゴール前の崩しをやる。それからハーフコートのゲーム形式、ペナルティーエリア幅のゲーム形式をやって、みたいな。

風間 それで十分なのよ。指導者が頭のなかでいつもゲームを想像できていればいいわけだから。それがないといくら練習で1つずつ組み立ててもゲームでは何も起こらない。それで言うと今、(南葛SCでは)練習のメニューなんてほぼゲーム形式でいい。想像できているし、見る目ができていればいいから。

中村 風間さんの言う意味、よく分かります。なんかこの感覚、久しぶりに体感できてうれしくなってきました(笑)。

風間さんとの対話はいつも特別という中村さん。
風間さんとの対話はいつも特別という中村さん。
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風間流「システム11」という考え方

風間 攻撃と守備は分けないし、休んでいる選手は誰もいない。何かあれば指導者がそこで修正してやればいいだけのこと。ただ、周りからサボっているように思われたら困るんで、俺、練習メニューはいろいろと変えてはいるんだけど(笑)。

中村 風間さんらしい。フロンターレのとき、1時間であってもかなり疲れるんですよね。1本のパススピ-ドが上がると、結局(守備の)寄せるスピードも上げなきゃいけないので。技術も判断もスピードが上がれば上がるほど、攻撃も守備も連続でより負荷が掛かっていくんですよね。

風間 そう。攻撃も守備も一緒だから。

中村 あと、「サッカーはシステムじゃない」ともよく言っていました。選手からすれば、いや攻守に分かれるでしょ、システムでしょっていうのはちょっとありましたけどね(笑)。
 

風間 「システム11」だから。
 
中村 出た! 最近、風間さんからまた新しい言葉って出てるなって思いましたもん。

風間 つまり、ボールを持っている選手と自分の間には一切、敵も味方も人を入れないようにするんです。線を引くって言ってるんだけど、そのためにGKも含めた全員が動くわけだから「システム11」。ほかになにか決まりがあるとすれば戻る位置だけ。

中村 守備のときの、ですね。

風間 そう。ただ俺は、戻る位置のことをシステムとして指していないから、「システムは11なんだ」と。
 

中村 風間さんの話を聞くと、何だか分かったような気にはなるんですよ。でも多分、本当のことは理解できていないんだろうなとも感じます。僕が思っていることと、風間さんが思っていることは実はちょっと違っている感じがします。

風間 違わないよ(笑)。

中村 風間さんの練習は、やらされる感覚がないんですよね。ずっと一緒にやっていると、今日はこういう練習をやるんだなって大体読めるんですけど、自分を伸ばすための練習だから「よし、今日は絶対にノーミスでやろう」とか思えるんですよね。たらればですけど、20代前半で風間さんに出会っていたら……。

風間 (大久保)嘉人がフロンターレに来たとき、憲剛が「自分のことだけでいいから。チームを背負わなくていいから」って言っているのが聞こえてきて、俺が言う前にそれを伝えるのかと思ったことがあったよ(笑)。でも、憲剛はいい監督になると思ったな。そのときも確か「憲剛、将来は監督になれよ」って言ったんだよな。

中村 覚えてます。風間さんから学んだというより、結局いろいろと自分の考えを書き換えられた感覚なんですよね。僕の指導者としてのベースはそこにあります。風間さんみたいにはなれないから、ちょっと違う形にはなると思うんですけど、自分の道を進んでいければいいかなと思っています。

後編に続く

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取材・構成/二宮寿朗 撮影/熊谷貫

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※「よみタイ」2024年6月8日配信記事