カンヌ国際映画祭でカメラドール特別表彰

カンヌが絶賛! 75歳以上が自らの生死を選択できる社会を描いた映画『PLAN 75』_a
今年5月のカンヌ国際映画祭のフォトコールで。左から介護職のマリア役を演じたステファニー・アリアンさん、早川千絵監督、市役所職員のヒロム役を演じた磯村勇斗さん
©KAZUKO WAKAYAMA

――とても詩的で美しい映画に出合えたという喜びと共に、他人事とは思えない恐ろしさを感じる作品でした。カンヌ国際映画祭以降、監督の耳にはどんな反響が届いていますか?

日本では割と「怖い」とか「身につまされる」とか、自分事のように受け止められる方が多いですね。今の社会に感じられる不寛容な空気や危機感を、みなさんが共有している気がしました。弱者を排除するような傾向は日本だけでなく世界中で起きていることなので、カンヌで上映した際にも「この物語は普遍的なものである」とか、「自分の親や祖父母のことを考えて泣いてしまった」とおっしゃる方もいました。

ただ、日本と違い、フランスのメディアからよく聞かれたのは「映画の中で日本人は“プラン75”をすんなり受け入れているように見えるけれど、それはなぜか?」ということ。「フランスで同じ制度が施行されたら、反対運動が起きてものすごく抵抗するはずなのに、不思議に映った」という声がありました。

――確かに、当事者である高齢者だけでなく若い世代にも、受け入れムードが漂っているように見えました。

決まったことだからしょうがないと受け身でいたり、反対するにしても矛先を向ける相手がわからなかったり、きっと変わらないだろうと諦めたり。あとは完全に思考停止してしまって決まったことにただ従ったりする。日本ではそういう人が大多数なのではないかと考えました。人々の不寛容に対する危機感からアイデアが生まれた作品ではありますが、そういった日本人のムードに対しても危機感を持っていたので、そこをしっかり描くことは最初から考えていました。

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カンヌ国際映画祭の公式上映後
©KAZUKO WAKAYAMA

――2016年の障がい者施設殺傷事件などが製作のきっかけだそうですが、作品を作る上でもっとも苦労されたことは?

もともと長編映画を作ろうと思っていたのですが、是枝裕和監督総合監修のオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』(2018)のお話をいただき、まずは短編を作ることになりました。そこで組んだプロデューサーと、2018年から長編のための脚本作りを始めたんです。なぜこの物語を作りたいのかという確固たるモチベーションはありましたが、「短編のときのように問題提起するだけの映画にしてしまっていいのだろうか」とずっと考えあぐねている間にコロナ禍になってしまって。

短編の中では、死を選んだお年寄りの処置をする場所として体育館にベッドを並べ、白いカーテンで仕切ったセットを作ったんです。そのセットと同じ光景が、コロナによって世界中で起きてしまった。本当に呆然としてしまいました。現実がフィクションを超えてしまった感覚でしたね。世界中がこれほど厳しい現実に直面しているときに、さらに人々の不安を煽るような映画を作るべきなのかすごく悩みました。ただ、徐々に、問題提起をするだけでなく、私の願いや祈りのようなものを込め、希望を感じられるような作品にする必要があるという思いに至りまして。方向性が定まっていきました。

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主人公の角谷ミチを演じたのは倍賞千恵子さん
©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

――日本を舞台にしている作品なのに、どこか無国籍感が漂っている気がしました。日本・フランス・フィリピン・カタールの国際共同製作であることも影響しているのでしょうか?

影響はあるかもしれないですね。脚本の段階から、フランスのプロデューサーにもフィリピンのプロデューサーにも読んでもらい、フィードバックをもらいながら作りましたから。実は出資してくださる日本のパートナーが決まるまではすごく時間がかかりました。だいたいみなさんがおっしゃるのは、「高齢者が主人公の映画にはお客さんが来ない」とか、「新人監督のオリジナルストーリーはリスクが高い」ということ。あとは、「安楽死をモチーフにしているのは重すぎる」ということで、なかなか乗ってくださる会社がなくて。本当にようやく巡り合えた感覚でしたが、必要な時間をかけて、いいタイミングで撮影に入れたと思います。