鹿児島―東京3往復。かさむ交通費、されど豊か_1

東京に「戻る」のではなく「行く」という初体験

 鹿児島に来て、まだ2週間も経っていないのに、早くも東京に舞い戻る日がやってきました。それどころか、この月は既に3往復することが決定しています。鹿児島で暮らしていても、受けているのは東京の仕事。リモートワークが進んだとて、実際に現場に行かなければならないことはたくさんあります。
 それに、さすがに3往復することはないにしろ、物件探しで鹿児島との往復にはすっかり慣れていました。鹿児島空港内の飲食店は、いつの間にかコンプリートしていたし、格安航空券を見つける技も身に着けています。
 基本的には羽田着のLCC、早めに日程がわかっているときはJAL、買い物はすべてJALカードと決めて交通費をできるだけ削るようにしていました。
 仕事だとしても、交通費は基本的には実費。自分の代わりなど、いくらでもいるとわかっているからこそ、わがままは言えません。1ページ連載の仕事の依頼が来ましたが、撮影を伴う仕事で交通費だけで赤字になってしまいます。久しぶりに連絡をくれた媒体だったので、普段だったら受けるところを泣く泣く断りました。

 トランクを持って玄関に出て、畑から見るいつもの景色を眺めます。目を閉じれば、葉擦れの音と鳥の鳴き声だけ。目を開ければ遠くまで広がる畑と牧草地。鹿児島に来てから、何も考えずにぼーっとすることができるようになってきました。
 以前、ヨガに通っていたときに、瞑想の方法を習いましたが、まるで習得することができませんでした。
 『考えてしまったことは横に置いて、無になるのだ……ん? いや、無になれって考えちゃってんじゃん。ん? 無になれって考えちゃってんじゃんって考えちゃってんじゃん! ていうか、お腹すいたな。いやいやいや、違うだろ。無! …………無って何? いや、無って何って、また考えちゃってるよ。あ、この葛藤を客観視しろって言ってたな。いや、客観視した自分もめっちゃ喋る。てか、お腹すいた。いやいやいや、違うだろー!』
 そんな経験もあって、無になることは想像以上に難しいと知りましたが、この景色があると、いとも容易く無に陥ることができるような気がします。

 自宅から空港まで車で25分、そこから飛行機で2時間。機内で仕事や読書をして、うつらうつらしていたら、そんな時間はあっという間です。目を覚ませば窓の外は大都会。相変わらずのビル、ビル、ビル。
 移住して日も浅いので、何ならまだ東京のほうが落ち着く気がします。ただ、普段の旅行と違うのは、「東京に帰ってきた」気持ちにならなかったこと。「東京にやってきた」という初めての気持ちが芽生えていました。