トラジェディ・アラベスク『金色(こんじき)の砂漠』

現代社会を批評し、宝塚らしさを貫く ――稀代の演出家・上田久美子の足跡を振り返る_b

上田は2016年に、宝塚の王道とは異なる、激情にかられた主人公たちが織りなす狂気的な愛の物語を発表している。当時の花組トップコンビ・明日海りお、花乃まりあに当て書きした『金色の砂漠』である。

舞台は、架空の古代砂漠王国・イスファン。この国では、王子には女の、王女には男の奴隷が付くという奇妙な慣習があった。自分の出生を何ひとつ知らず、王女タルハーミネ(花乃)の奴隷として育てられたギィ(明日海)。奴隷でありながらも誇り高いギィは、自分と似た激しい気性の美しいタルハーミネに恋心を抱いていた。彼女もギィを意識していたが、奴隷に惹かれるなど自尊心が許すはずもなく、高圧的な態度でギィに接するのだった。

タルハーミネの婚礼前夜、思いを募らせたギィは彼女に迫り、一線を越えてしまう。そして、二人は駆け落ちすることを決める。ギィは、国を抜け出したら、この砂漠の何処かにあるという〝金色の砂漠〟を見せると約束する。まだ見ぬ金色の砂漠は、幼い頃に危険を冒して探しに行こうとするタルハーミネを、ギィが力尽くで連れ戻したという思い出が宿る特別な場所であった。

だが二人は、密告により捕らえられてしまう。追い詰められたタルハーミネは、無理やり汚されたと述べ、ギィに死罪を言い渡す。投獄されたギィは、実は自分は奴隷ではなく、今の国王に殺された前王の嫡子であったという事実を知ることになる。そこで、脱獄して砂漠へと逃亡したギィは復讐を誓うのだった。

7年後、ギィはイスファンに攻め入り、勝利する。自らが王となり、タルハーミネを妃にすると宣言した矢先、彼女は一人砂漠へと消えてしまう。

追って城を飛び出したギィは、灼熱の砂漠を彷徨うタルハーミネを見つける。タルハーミネは「お前を愛している。お前を、お前なんかを愛するなんて、私が」と思いをぶつける。そんな彼女をギィは抱きしめながら「焼け付くような憎しみの中で、俺はお前に恋したのだ」と告げる。互いを隔てるものがなくなったとき、二人は探し求めていた、人が魂だけになるという金色の砂漠にいることを悟り、息絶えるのだった。

この後に展開されるフィナーレ(ショー)のデュエットダンスを見ると、金色の砂漠は彼らの苦しみや罪を飲み込み、安楽の地へと魂を運んでいったかのように感じられる。その場面は、金色の砂漠ないし天国に見立てられた大階段で、ギィとタルハーミネが目覚めるところから始まる。現世の縛りから解き放たれ、愛のみに包まれた二人の魂が浮遊しているかのように踊る姿は、まさにカタルシスの極みであった。

渦巻く情念、善悪では割り切れない愛を描きつつ、最後は宝塚らしく全てが浄化されていく上田の本作に、衝撃にも似た深い感銘を受けずにはいられないのである。