「ハロー」「グッドバイ」が
言える世界って素晴らしい

―― 今の久田さんと秋実さんとの出会いもそうですが、二話目の、昔、我南人のギターを盗んだ友人の話、そして三話目の古い童話をめぐる話も、人とのつながりや縁を感じさせる話です。今はコロナ禍で人との出会いもままならない世の中なので、こういう世界がいつも以上に沁みる感じがします。

 本当に、「ハロー」や「グッドバイ」が気軽にできない時代になってしまいましたね。その時代に、『ハロー・グッドバイ』を出し、なおかつ「東京バンドワゴン」の世界をずっと続けていく意味は大きいかなと。それは私たちが生きている世界にはこういう世界があった、いや、もちろん今もある、こういう世界がまた絶対来ますよという思いがあるから。それが読んだ人にきちんと伝わってくれればいいなと思う。
「ドキュメント72時間」というNHKの番組があるんですが、僕、これが好きなんですよ。三日間の七十二時間、どこかの場所やお店などに定点カメラを据えて、そこに来る人に軽くインタビューする。ただそれだけの番組なんですが、けっこう好きでずっと見ているんです。コロナ禍で撮影ができなくなったとき、数年前の再放送をやっていたのですが、それを見ると、みんながマスクなしで普通に出会って、普通にしゃべって、またねと別れていく。そんな当たり前の風景が、何て素晴らしい世界なんだろうなと思う。こういう世界は絶対また取り戻さなきゃならない、また戻ってきてほしいと、あの再放送を見るたびに思うんです。
 だから、「東京バンドワゴン」も、そういう世界であり続ける意味は絶対にあるだろうなと思っているんです。

―― 失ってみて初めてどんなに大事だったかがわかる。それはきっと堀田家の物語に通底しているものですね。

 人間は社会的動物で、一人では生きていけないのは本当に当たり前のことなんですよね。人と関わり合って一緒に生きていかなければ、この世界は絶対に成り立たない……。
 今、戦争が起きてしまっていますが、毎日ニュースを見るたびに、いや、これじゃ駄目だよなとつくづく考えます。みんなが一緒に生きることを、別に大げさなこととは考えていませんが、この堀田家の世界を書く以上はこの世界を守り続けていかなければならないだろうと思っています。

退場していく人と
新たに加わる人たちと

―― シリーズ本編は毎回ビートルズの曲がタイトルになっていますが、今作は「ハロー・グッドバイ」ですね。

 そう、この歌詞は意味深いんですよ。相手がどうあれ、すごくポジティブに出会いや人を受け入れていこうという感じ。この曲を使おうと思った瞬間に、そういう世界を描こうと思いました。曲調がすごく明るいし、前から好きな曲でした。
 余談ですが、僕は中学生のときに放送部で、この「ハロー・グッドバイ」をお昼の番組のテーマソングに使っていたんです。
 お昼の十二時になると、この曲がばあんと校内中に流れて、「こんにちは、お昼の校内放送の時間です」と、僕がしゃべっていた(笑)。

―― DJですね。

 僕がDJ、アナウンサーだったので。懐かしいな(笑)。

―― 懐かしいといえば、今回、古いカセットテープが三話目のアイテムとして使われていますね。そこに吹き込まれていた声から、謎だった童話の作者が判明して、いろんな過去の縁が明らかになっていきます。

 今回ストーリーを考える前に、カセットに吹き込んだ声というのがぽんと浮かんできたんです。ああ、そういえば、昔カセットが入った本があったなと。八〇年代の初期の頃かな。カセットにBGMが入っていて、それを流しながら読んでくださいみたいな本が一時期出ていたんです。それをアイテムに使おうと考えたときに、そのカセットにあの人の声が入っていたらいいなと思ったら、即ああいうストーリーを思いついた。カセットに入った懐かしい声に出逢う――それも一つのハロー・グッドバイだなと思って。その象徴として今回の本の装丁にもカセットの絵が描かれているんですよ。

―― そして、四話目には、切ないグッドバイも描かれます。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、けっこう重要な人物が堀田家の物語から退場しますね。

 研人や花陽など、今回登場してない人物もけっこういるし、これだけ登場人物が増えていくと必然的に退場していく人を作らなきゃいけない。僕としてはその人物を堀田家に迎え入れるという展開も考えたんですが、書きながら本人に聞いてみたら、やっぱりそれはなしだと言われた。作者として僕が無理やり決めたのではなく、あの人ならきっとそうするだろうなと思ったし、物語を生きている登場人物に「私はこうしますよ」と決められた気がしています。でもいったんは退場しますが、堀田家をめぐる物語のキーパーソンなので、節目節目にはまた登場すると思います。
 不思議なもので、僕が決めていることなんですが、いつも登場人物が、ふっと、こうしろ、こうするよと勝手に働きかけてきて、その声に従って書いている感じがする。この先もずっとそうだと思いますね。

―― 堀田家の世界に小路さんが入っていく感じでしょうか。

 そんな感じです。最近どう? って聞きに行く(笑)。一作一作の主人公になる人物も、たぶんその声を聞いて決めているんだと思います。次回作では、今工事中の増谷家と会沢家の家も完成するし、イギリスに行っていたマードックさん、藍子あいこ夫婦も帰ってくるので、また違うにぎやかさが戻ってくるでしょうね。

―― 夜間もカフェが開いているとなると、またいろんな事件が起きそうで楽しみですね。

 夜は何かが起きそうな、ね。その意味で、今回はいろいろ次回に向けての伏線を張ったつもりなので、面白い展開を考えたいと思います。九十代を迎える勘一の見せ場も考えなくちゃいけないし、大変です(笑)。

「東京バンドワゴンシリーズ」の既刊情報は、特設サイトでご確認ください。https://www.shueisha.co.jp/bandwagon/

オリジナルサイトで読む

ハロー・グッドバイ 東京バンドワゴン
小路 幸也
『ハロー・グッドバイ 東京バンドワゴン』 小路幸也さんインタビュー 「ハロー」「グッドバイ」が言える世界に_b
2022年4月26日発売
1,760円(税込)
四六判/272ページ
ISBN:978-4-08-775462-9
「LOVE」は、必ず、めぐり逢う――
思わぬ場所での再会、知られざる過去との遭遇、甘酸っぱい恋の行方、切ないけれど前向きな旅立ち……。今年も賑やかで温かな、大人気シリーズ第17弾!

田町家が取り壊され増谷家・会沢家として生まれ変わろうとするなか、ついに〈かふぇ あさん〉の夜営業が始まる。見慣れないお客さんとともに、不思議な事件も舞い込み……。そして、藍子とマードックのイギリス生活にも大きな転機が。さまざまな変化や試みに、堀田家は「LOVE」を胸に挑んでいく。
amazon 楽天ブックス honto セブンネット TSUTAYA 紀伊国屋書店 ヨドバシ・ドット・コム Honya Club HMV&BOOKS e-hon