仲邑女流棋聖といえば、小学生対象の「英才特別採用推薦棋士」の第1号として2019年に史上最年少(当時)の10歳0カ月でプロになり話題となった。今度は韓国棋院のプロ試験を経ない「客員棋士」としての移籍を希望しているという。
韓国は中国と並び、男女とも多くの世界チャンピオンを輩出する囲碁強国として知られる。日本棋院理事長の小林覚九段(64)は「より高いレベルで囲碁の技量を高めたという気持は当然のことであり、仲邑女流棋聖のチャレンジを積極的に応援します」とのコメントを出した。
今回の移籍は、今年5月くらいに仲邑女流棋聖本人が考えるようになり、7月ごろに日本棋院に話し、動き始めたという。気になるのは、今回の公式発表のなかには、仲邑女流棋聖自身の言葉はひとつもなく、なぜ移籍したいのかが、今ひとつわからなかったことだ。
韓国に現役の世界チャンピオンがいるとはいえ、日本のトップとレベルの差がそこまで大きく隔たっているわけでもない。今年に入って仲邑女流棋聖は不調で、18勝18敗(2023年9月12日現在)という成績はこれまでの勢いにブレーキがかかっていると言わざるを得ない。とくに7月末からは4連敗中だ。この状況を脱却すべく環境を変えたいと思ったのか。そうはいっても、仲邑女流棋聖が倒すべく強い棋士は日本にもまだまだいくらでもいる。韓国でなければいけない理由はなさそうだ。
仲邑菫女流棋聖はなぜ「恵まれた環境」の日本を離れ、韓国に移籍するのか。日本ではかなわないという意外な理由
9月10日の深夜、ショッキングなニュースがネット上を駆け巡った。仲邑菫女流棋聖(14)が日本棋院から韓国棋院への移籍手続きを進めているというのだ。すでに日本棋院は了承。韓国棋院に棋士登録を申請しているという状況だ。
今年1月には「韓国に住みたい」「年の近い友達もいる」

中村菫女流棋聖(共同通信社)
韓国の賞金事情はどうだろう。棋士は対局料+賞金で収入を得ているのだが、日本のほうが棋戦の数が多く獲得賞金などの面でも恵まれている。なので、移籍することでの金銭的メリットはないという。
では、仲邑女流棋聖は何を目的に韓国に移籍するのだろうか。
実は以前より「菫は韓国に行きたがっている」という情報をキャッチしていたのが、韓国との太いパイプを持つ棋士たちだった。
今年1月に仲邑女流棋聖は韓国で「韓日天才少女三番勝負」に挑み、敗戦した。そのとき仲邑女流棋聖は「韓国に住みたい。年の近い友達もいる」と話したという。
当時、これをリップサービスと受け取った人が多かっただろうが、今思えば、本気で実現したい希望だったということだ。
トップ棋士はたまに1日空く程度、過密スケジュールで動いている
仲邑女流棋聖はプロ入り前の小学生のとき、韓国の囲碁道場で修業しており、韓国語も不自由なく話せる。もともと韓国でプロ入りする道を歩んでいた途中で、日本で「英才特別採用」の話が持ち上がり、プロ入りした経緯がある。
仲邑女流棋聖にとって、韓国はそこでプロになって一生過ごしてもいいと思えるほど愛着のある場所なのだ。
仲邑女流棋聖が子どものころしばしば勉強に訪れていたという洪道場を主宰する洪清泉四段(韓国出身/関西棋院棋士)は、韓国の囲碁事情と彼女の気質から今回の移籍の理由を「菫は朝から晩までみっちり碁漬けの生活を送りたいのだと思う」と話す。
「日本では朝から晩までトップクラスが集まって研究する場が少ない。韓国では国家チームが毎日、午前中から夕方まで稼働していて、対局、検討など勉強をしています。菫のレベルなら国家チームに入れるでしょうから、その環境に身を置いて、勉強して強くなりたいと思ったのでしょう」(洪四段)

日本棋院(日本棋院Facebookより)
今や囲碁の世界もAI全盛とはいえ、やはり人間どうしで検討、研究するのは重要で、事実、世界トップの中国、韓国は国家チームが集まって切磋琢磨しているのだという。
対照的に日本ではトップクラスが常時集まって研究するという場が現在はほとんどない。
家元制度のあった江戸時代から平成の前半くらいまでは、師匠が自宅に弟子をとって衣食住の面倒をみて育てる「内弟子」制度が日本にあり、そこでは内弟子以外も集まって10~30人ほどの単位で勉強していた。日本はずっと世界トップの地位を保っていのだが、現在は住宅事情やお世話する師匠の家族の負担などから、内弟子制度はほとんど消滅してしまい、それに伴うかのように、世界での地位も中国・韓国の後塵を拝すことになってしまった。
さらにトップ棋士が常時集まれない事情が日本にはある。
韓国での手合いは、1つの棋戦を2週間など集中した期間でおこなう方式で、対局のない期間も多くあり、棋士が集まれるタイミングがあるという。
一方、日本は恵まれているともいえるのだが、棋戦が多く、毎週月曜日と木曜日に手合いがつく。また、挑戦手合などでは地方に遠征するので、トップ棋士はたまに1日空く程度、というような過密スケジュールで動いていて、そんなしょっちゅうナショナルチームが稼働することは現実的ではない。実際、現在のナショナルチームの活動は月1回の練習日と、年に1、2回の合宿となっている。
仲邑女流棋聖は自分が強くなるためには、韓国の“囲碁漬け”になれる環境が必要と判断したのだろう。
洪四段は「日本でも一力棋聖や井山裕太王座、藤沢女流本因坊、上野愛咲美女流二冠らトップ棋士が毎日のように集まって研究すれば、韓国や中国に並んで世界一を争うことができるでしょう」と提言している。

上野愛咲美女流二冠
そんな囲碁漬けになれる環境があれば、仲邑女流棋聖も移籍など考えなかったかもしれない。
取材・文/内藤由紀子
集英社オンライン編集部ニュース班
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