今回案内してくれたのは台湾・台北で台湾料理レストラン「My 灶(私の厨房の意)」を経営する昌正浩さん。

ミシュランガイド常連店のオーナーがこよなく愛する、台湾の“人情”朝ごはん
台湾人は朝食を外で食べる人が多いという。美味しいお店は外国人観光客にも人気だ。そこで台湾在住のライター・近藤弥生子氏が、台北きっての美食家に同行してとっておきのお店を紹介する。昔ながらの朝食店で見えてきたのは、台湾の「人情」だった。
台湾の達人 この人に訊いてみよう! #1
冷蔵せずに肉を売り切る、驚異の老舗食堂

1964年、台北生まれ。「My 灶」を開業後、看板メニューである1杯90元(およそ385円)の高級魯肉飯を求めて国内外からゲストが殺到する、ミシュランガイドビブグルマンの常連店へと育て上げた、台北きっての美食家(撮影:近藤弥生子)
以前の取材がきっかけで知り合った昌さんが、ごひいきの朝食店に連れて行ってくれるようになったのはもう二年ほど前のこと。台湾では朝ごはんを外で食べる習慣があり、それはもう、街の至るところにさまざまな種類の朝食店があるのです。
昌さんが生まれ育ったのは、台北の中で最も歴史が深く、昔ながらの美食が根付く迪化街(ティーホワチェ)。朝ごはんの聖地のようなエリアです。まず向かった「賣麵炎仔 金泉小吃店」は、創業80年余の老舗。取材拒否の店としても有名ですが、幼稚園生のころから通っているという昌さんと一緒に訪れたときは違います。お店の方たちはまるで家族が来たかのような表情になり、何も言わなくても料理が運ばれてきます。

この日は取材のため、いつもよりかなり遅めの8時台に訪問した昌さん。「お腹ぺこぺこだよ!」(撮影:近藤弥生子)
いつも、朝7時の開店と同時に店を訪れる昌さん。それは、他では滅多に食べられない、新鮮なお肉を食すため。
「この店がすごいのは、一切肉を冷蔵しないことだ。彼らは3時頃から仕込みを始める。と畜されたばかりの肉をきれいに処理してショーケースに並べ、開店を皮切りに押し寄せた客たちに、あっという間に売り切ってしまう。それはこのお店が80年間支持されているからこそできることなんだよ。僕も、最も新鮮な肉が食べられる7時にしか来ない」
日本への留学経験もある昌さんが、日本の旅行客におすすめするのは、こちらのメニュー。

(撮影:近藤弥生子)
左上から時計回りに、茹でイカ(二人分で100元)、「三層肉(カタカナ料理名、豚バラ肉、二人分で100元)」、豚のコブクロ(二人分で100元)。これはとろみ醤油と甘辛い甜辣醬をお好みでつけていただく。ワンタンスープ(20元)、もやしとニラを茹でたもの(30元)。昌さんの手前にある豚のラードをかけた「豬油飯」(10元)とともにいただこう。
「まず『三層肉』。これは開店したばかりの時間帯にしかなくて、8時か9時には売り切れちゃうから、早めに来てほしい。それに茹でイカ、もやしとニラを茹でたものと、ワンタンスープ。スープが最高だから飲んでほしい。そして、今日頼んだのは豚のラードをかけた『豬油飯』だけど、汁なし麺もおいしいから、ご飯か麺か好きな方を選んで」
ちなみに、こちらのお店にはメニューがありません。日本人旅行客にはかなりハードルが高いように思えるのですが……私の心配顔に昌さんがニッコリ。
「彼らは台湾が誇る、食の職人。だけどお店はこんなに忙しいし、彼らは朝3時からずっと店頭に立ち続けていて、言葉が話せなくて注文ができない人の相手をなかなかしてあげられないのが現状なんだ。でも彼らも日本人観光客が来てくれるのは嬉しい。だから近藤さんが撮ったこの写真をお店の人に見せながら指差し注文したらいいよ。今日は二人分だけど、お店の人が人数を見て量を調整してくれるから」
賣麵炎仔 金泉小吃店(マイミエンイエンツァイ チンチュエンシャオツーディエン)
住所:台北市大同區安西街106號
電話番号:02-2557-7087
営業時間:7:00頃〜15:00
定休日:不定休。オフィシャルFacebookで告知されます。旧正月はお休み。
www.facebook.com/noodleyeh/
とっておきの油飯にアヒルの卵の目玉焼きを載せて
「日本人はお米本来のおいしさにこだわるから、きっと違いがわかると思って」と、次に昌さんが連れてきてくれたのは、もち米で炊かれた、台湾風おこわと呼ばれる「油飯(ヨウファン)」の専門店で、三代続く老舗です。
「この店では、台北では珍しい品種のもち米を使っているんだ。胃にもたれにくいし、柔らかさも口当たりもちょうどいい。そして香りもいい」と昌さん。
醤油ベースのタレでトロトロになるまで煮込んだ豚バラ肉「滷肉(ルーロウ)」をかけて提供されます。油っぽさはほとんどなく、味付けもさっぱりめなのが特徴。日本人の口にも合いそうです。

おすすめは途中から目玉焼きを載せ、箸で破ってとろりと流れ出した黄身を油飯にからめること。こちらの目玉焼きはアヒルの卵で作られるので、ねっとり濃厚。栄養価も高いのが自慢です(撮影:近藤弥生子)
そして昌さんのお気に入りは、いつも7〜8種類は用意されているという「小菜(小皿料理のこと)」。
「普通のお店だったら使わないような上質な素材を使って、手間ひまかけて作っているんだ。それなのに一皿たったの30元だよ、信じられる? 値上げした方がいいってずっと言ってるのに、全然値上げしないんだよ」と、豪快に笑う昌さん。

いつも用意されている「小菜」。これだったら言葉が通じなくても指さしで注文できる(撮影:近藤弥生子)
昌さんは、いつもここで私と朝ごはんを食べた後、10人分くらいの油飯をテイクアウトして、また別の朝食店に差し入れしています。「この油飯が食べられなくなって困るのは自分だからね」――ひかえめなお店の方に代わり、長年お店を支えるファンでもあります。

目玉焼きを自ら揚げ焼きする、先代オーナー(撮影:近藤弥生子)

油飯(35元)に目玉焼き(20元)を載せ、2〜3皿の小菜(1皿30元)と、豚肉のとろみスープ「肉羹湯(55元)」とともにいただくのが昌さんのお勧め(撮影:近藤弥生子)
珠記大橋頭油飯(ズーチーダーチャオトウヨウファン)
住所:台北市大同區民權西路186-1號
電話番号:02-2557-6503
営業時間:7:00〜14:00
定休日:日曜
青空食堂で好きなだけ頬張る、台湾流の朝ごはん
日本人観光客にも人気のエリア・迪化街の朝ごはんでぜひ訪れたいのが、「慈聖宮」。台湾で広く信仰される航海の女神・媽祖が祀られたお宮で、境内にはガジュマルの大木とともに十数軒の屋台やテーブルが並び、庶民の憩いの場になっています。

青空の下でリーズナブルに食事できるうえに、お店を跨いだ注文も可能な、いわば屋外のフードコート。地元民や観光客がひっきりなしに訪れます(撮影:近藤弥生子)
昌さんのお気に入りは「葉家肉粥」のシンプルなお粥と、「魷魚標」の茹でイカ。

左が茹でイカのお店「魷魚標」、右はお粥が有名な「葉家肉粥」(撮影:近藤弥生子)

「葉家肉粥」の「肉粥(30元)」(写真左)は、レバーやエビ、カキのから揚げを添えていただくのがおすすめ。「魷魚標」はメニューが茹でイカのみで(写真上)、量を特大(450元)・一杯(400元)・一杯の半分(200元)から選ぶだけ(撮影:近藤弥生子)
昌さんは嬉しそうに朝ごはんについて話を始めます。
「今日、一軒目(「賣麵炎仔 金泉小吃店」)でイカを食べたとき、イカの足が入っていなかったことに気付いていたかい? 彼らは僕がイカの足を食べないことを知っていて、何も言わなくても胴体の部分だけを出してくれるんだ」
そして真剣な表情で私にこう話します。
「こんなに安いだけでもありがたいのに、心を尽くしてもてなしてくれるんだ。僕は彼らを心から尊敬しているし、これからも失われてほしくない。だからたくさん友人たちを連れてくるし、一人で300元は消費するようにしている。そして、自分の店では台湾の『小吃』(軽食)の価値を伝え続けるんだ」
大げさかもしれませんが、台湾の朝ごはんとは、“台湾の人情味を、最も濃く体験できるもの”のように思います。台湾へ遊びに来たら、ホテルの朝ごはんもいいけれど、街へ出て台湾の「小吃」を味わってみてくださいね。
慈聖宮 廟口街(ズーシェンゴン ミャオコウジエ)
住所:台北市大同區保安街49巷17號
営業時間:店舗により異なる
定休日:不定休
「慈聖宮」敷地内の店に限り、店をまたいでの注文も可能。