プロのバレエダンサーになるための道は、長く険しい。バレエは、地道な訓練を絶え間なく続け、身体を作りあげてようやく、プロへの扉が開く芸術。舞台でプロとして踊ることが出来るのは、ほんの一握りなのだ。
2021年秋に上演された新国立劇場バレエ団の『白鳥の湖』でポーランドの王女ソロを披露した根岸祐衣は、その1年前までCAとして3年間空を飛んでいた。4歳からバレエをやっていたとはいえ、長いブランクを経てプロになるというのは、非常に珍しいケースだという。彼女の、バレエとの出会い、決別、再会、そして今を聞いてみた。

客室乗務員から27歳で新国立劇場バレエ団に合格。人生を切り拓いた根岸祐衣さんの挑戦
1997年の発足以来、古典作品から現代振付家の作品まで幅広い作品を上演し続けている新国立劇場バレエ団に根岸祐衣というダンサーがいる。入団オーディションを受けたのは、2021年の春。そのとき、彼女は客室乗務員(CA)だった−―。
バレエダンサーに「なる」と思っていた子どもの頃

——客室乗務員(CA)から、それも27歳でプロのバレエダンサーへというのは、珍しい経歴ですよね。
そうですね。バレエ団の新規団員オーディションの受験資格は18歳以上ですから、応募するのは20歳前の人が多いと思います。他のバレエ団から移ってくることもありますから、その場合はもう少し年齢が上の人も。でも私のように、まったく別の職種からというのは、珍しい例のようです。
——バレエとの出会いは?
4歳のときに母と『くるみ割り人形』を観に行って、自分もやりたくなり地元のバレエスタジオに通うようになりました。とにかく踊るのが楽しくて、おとなになったらバレリーナになるんだって、自然に思っていましたね。
——「夢」ではなく、「なるんだ」と?
はい。ですから、コンクールに出たり留学するのも、すごく自然な流れというか、そうするのが当たり前みたいな感覚でした。

————2012年には若手バレエダンサーの登竜門、ローザンヌ国際バレエコンクールに出場し、その後はハンガリーにバレエ留学。着々とプロへの道を歩んでいた20歳のとき突然の進路変更。何があったのでしょう?
留学を経験したことによって、私がプロのダンサーになるのは無理だと痛感したのです。
——どういうことですか?
日本にいた頃の私は、思うように踊れないのは、学校があるから、時間が足りないからなど、自分以外のところに理由を見つけようしていたように思います。だから、留学してバレエに専念したら、きっとうまくいくと。
ところが、留学先でバレエに没頭できる環境に身を置いているにも関わらず、成長できない…。周りのせいではなく、自分自身のマインドや意思の問題なのだという事実を突きつけられてしまい、私はそれを乗り越えられないと思ったのです。ハンガリーから帰国するときには、違う職業に就くことを決めていました。
——CAという仕事を選ばれたのは?
ハンガリーに留学してみて初めて自分の生活圏から外で過ごしたのですが、日本と外国の常識や価値観の違いなどに驚いたと同時に、沢山の気づきや学びがありました。その経験から自分の生活圏を出て様々な国に行くという仕事に魅力を感じ、客室乗務員を目指すことにしました。
——でもそれまでとはまったく違う分野の勉強をして、就職試験に合格するのは大変だったのでは?
頑張らないと何も成し得ないということは、バレエで痛いほどわかっていたので(笑)。やりたいことのために何か行動することが、ごく自然に身についていたんだと思います。
踊りたい! という気持ちが止められない

——CAとしての生活はどうでしたか?
楽しかったです! 学ぶことも多く、仕事にとてもやりがいを感じていました。ずっと続けていこうと思っていたのですが、2020年に続けたくても先が見えない状況になってしまいました。
——コロナ禍の始まりですね。
国際線がほぼなくなって国内線も数えるほどに。自宅待機になって、テレビをつければ、ほんの数週間前まで行っていたニューヨークやイタリア、イギリスで、すごい数の感染者がいるという報道。ショックでしたし、私には何もできることがない…という無力感でいっぱいでした。でも、時間だけはある。よし踊ろう! とレッスンをする時間を増やしました。そうしてどんどん踊る時間が増えて、再びバレエへのめり込んでいき、バレエへの思いが再燃したんです。その時に出会った恩師の影響もとても大きいかなと思います。

——CAのお仕事をしていたときは、まったく踊っていなかったのですか?
いえ、週に1、2回レッスンに通っていました。でもそれは、ストレス発散というか楽しく汗をかければいい、みたいな感じで。
——数年ぶりにバレエに向き合ってみて、どうでした?
身体は重いし思うように動けないし、鏡を見るのが苦痛なくらいでしたが、恩師からたくさん具体的なアドバイスをいただいたことによって、以前よりも踊っている時に自由を感じられる瞬間が増えて、細胞が入れ替わるような感じがしました。やっぱり踊りたい! 舞台にも立ちたい! その思いが止められなくて、新国立劇場バレエ団のオーディションを受けました。
——「合格です」と言われたときは?
踊る場所ができた…と、本当に嬉しかったですね。
バレエが妖怪「ぬりかべ」じゃなくなった日
——留学するまでとCA時代、そして現在…バレエの存在感に違いはありますか?
20歳で挫折するまで、バレエは妖怪の「ぬりかべ」みたいな存在だったんです。目の前にドーンと立ちはだかって、どんなに頑張っても突き抜けられないもの。幼少期から先生に恵まれ、必要な知識やテクニックは身体に入っているはずなのに、先に進めない。達成できることが何もないと感じていました。バレエが「ぬりかべ」じゃなくなったのは、コロナ禍でレッスンを再開したときです。頑張ったらもっと自分は変わっていけると思えました。
——今、「ぬりかべ」は?
自分への失望感が消えてからは、消えて無くなりました! 今の私にとってバレエは、いちばん楽しくていちばんつらいもの。どうしてもできなくて泣きながら自習することすらも、思い返せば楽しい(笑)。私という人間が生きるために、なくてはならない存在だと思っています。

新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』ポーランド王女 撮影:鹿摩隆司
——入団した年に「白鳥の湖」でポーランドの王女役に抜擢され、今年の「ジゼル」では精霊の女王・ミルタを踊りますね。
はい! 「ジゼル」はロマンティック・バレエの代表作のひとつで、いわゆる古典作品。9月からリハーサルが始まったのですが、今は、振り付けを入れている段階です。どう表現していくか、毎日ワクワクしながら過ごしています。
——もう少し先のことをおうかがいしてもいいですか?
そうですね…。バレエダンサーにはどうしてもタイムリミットがあります。個人差はあるけれど、第一線で踊れるのは長くても40歳くらいまで。その年齢までに自分がどこまでいけるか、どういう練習をしていけばいいのかということを考えます。
いつも思っているのは「変えられるのは自分のことだけ」ということ。たとえば、自分の思い通りにならないことがあるとき…私の場合は、CAとしてフライトで飛びたいのに飛行機が飛ばないということでした…環境や他人のせいにしても、何も変わりません。自分がどう変われば、何をすれば、この状況から抜け出せるかを考えて行動に移すように心掛けています。
バレエにはゴールがないからこそ、試行錯誤して悔いのないダンサー生活を送るために、大切に日々を過ごしたいですね。

取材・文/工藤菊香 撮影/石田荘一
2022/2023シーズン 新国立劇場 開場25周年記念公演
新国立劇場バレエ団『ジゼル』
【会場】新国立劇場 オペラハウス
【振付】ジャン・コラリ/ ジュール・ペロー/マリウス・プティパ
【演出】吉田都
【改訂振付】アラスター・マリオット
【音楽】アドルフ・アダン
【出演】新国立劇場バレエ団
【公演日程】10月21日(金)〜30日(日)
※休演日あり。詳細は下記『ジゼル』サイトをご確認ください
※根岸さんは22日(土)13:00〜、23日(日)14:00〜、29日(土)18:00〜 の回にミルタ役で出演
『ジゼル』 https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/giselle/
新国立劇場 バレエ&ダンス https://www.nntt.jac.go.jp/ballet-dance/
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