日本は今、空前の怪談ブームである。
この夏も怪談関連イベントが全国各地で開催されているし、怪談師と呼ばれるプレイヤーもプロアマ問わず増加の一途をたどっている。お笑いや音楽と同じくらい、とはさすがにまだ言えないが、ポップカルチャーの一ジャンルとして怪談は確固たるポジションを占めたように思う。
では、怪談とはそもそもどんなもので、一体どこに魅力があるのか。それを知るには上質の怪談に実際触れてみるのが早道だ。
本記事では現在刊行されている無数の怪談本から、本当に怖くて面白い5タイトルをピックアップしてみた。〈怪奇幻想ライター〉として長年多くの怪談・ホラーを読み漁ってきた私が、思わず震えあがった作品ばかり。残暑の厳しいこの季節、怪談の世界にひたって冷気を感じていただきたい。
なお、紹介する本には一部品切れのものも含まれるが、電子書籍では購入可能だ。

閲覧注意! マニアが心底震え上がった、極上にして最怖の怪談本5選
ホラー愛好家を中心に熱い支持を得る怪談本ジャンル。ホラー・怪談本を中心に数々の書評やレビューを執筆する怪奇幻想ライター・朝宮運河氏が、本当におすすめしたい作品を厳選。まだまだ暑さの残る日々、“最怖本”で涼をとってみてはいかがだろうか
怪奇幻想ライター・朝宮運河が選ぶ最怖本
上質な怪談に触れてみよう
これぞ怪談ブームの原点!
・木原浩勝・中山市朗『新耳袋 第一夜 現代百物語』(角川文庫、電子書籍あり)
1990年代から2000年代にかけて刊行された「新耳袋」全10巻は、今日の怪談実話ブームの原点となった名シリーズだ。各巻に99話ずつ収録されている怪談は、すべて著者の木原浩勝と中山市朗が取材したり、実際に体験したもの。幽霊を見た話、狐狸妖怪に遭った話、なんとも説明のつかない奇妙な出来事が編まれている。
無駄を省いた文章で綴られる各エピソードは、単体で読むと正直そこまで怖くはない。しかし続けて読んでいるうちに、確実に周囲の空気が変わってくる。ちょっとした物音や、影が妙に気になりはじめる。一晩で読み切るとおかしなことが起きる、とまことしやかに囁かれているのも納得の怖ろしさだ。
有名な「山の牧場」のエピソード収めた『第四夜』や、実在する迎賓館での怪異を記録した『第九夜』あたりが圧巻の恐怖度を誇るが、まずは「新耳袋」のスタイルを確立した『第一夜』を読んでみてほしい。家の地下から謎の空間が発見されたという話「地下室」など、「これは、一体……?」と呟きたくなるような不条理なエピソードも含まれるが、そうした割り切れない展開も含めて、リアルな体験談の怖さがひしひしと伝わってくる。

出典:木原浩勝・中山市朗著『新耳袋 第一夜 現代百物語』(KADOKAWA/角川文庫刊)
実話ならではの凄みに打ちのめされる
・福澤徹三『怪を訊く日々』(幻冬舎文庫、電子書籍あり)
「新耳袋」のように、実在する誰かの恐怖体験を記録した怪談を、「怪談実話(または実話怪談)」と呼ぶ。1990年代以降この種の本は数多く書かれ、今日でも毎月新刊が発売されているが、その中でもオールタイム・ベスト級の一冊にあげたいのが、福澤徹三の『怪を訊く日々』だ。
『侠飯(おとこめし)』などのアウトロー小説で人気の福澤氏は怪談の名手でもあり、怪談小説でも怪談実話でもハイクオリティな作品を発表し続けている。『怪を訊く日々』はその中でもトップクラスの怖さを誇る初期の怪談実話本だ。
葬儀の祭壇に死者の顔が浮かんだという話や、幽霊が出る音楽スタジオの話など、著者がホームタウン・小倉などで聞き集めたエピソードは、いずれも実話ならではの凄みが漂っている。
収録作中、個人的に忘れられないのが、「祀られた車」という著者自身の体験談だ。若い頃、友人と北九州にあるS霊園までドライブに出かけた福澤は、そこで異様な廃車を目にする。そこから先の展開がなんとも不気味で、イヤーな感じなのである。この記事を書くために久しぶりに読み返したが、やっぱりイヤーな気持ちになってしまった。
福澤氏の怪談は『怪を訊く日々』以外も秀作揃い。最近では、いわくつきの土地や建物を訪ね歩いたルポ『忌み地 怪談社奇聞録』(糸柳寿昭との共著)がスリリングで面白い。

出典:福澤徹三『怪を訊く日々』(幻冬舎文庫刊)
体験者の人生とオカルトの交差点とは!?
・豊島圭介『東大怪談 東大生が体験した本当に怖い話』(サイゾー、電子書籍あり)
東大卒の映画監督・豊島圭介が、東大出身者11名にインタビューした怪談実話本である。こう聞くと昨今の「東大ブーム」に便乗した企画本に思えるが、読んでみると印象はだいぶ異なっている。
この本に登場する東大出身者たちは、病院で奇妙な物音を聞いたり、巨大な能面のような顔を見たり、宇宙人と交信したりとさまざまな経験をしている。こうした異様な出来事は、かれらの歩んできた人生や高い学歴と関係があるのか? 本書はそうしたデリケートかつ興味深い問題に、巧みなインタビューを通して切り込んでいる。
絵に描いたようなエリート街道を歩いた人から、ゴミ屋敷で育った人まで、いろいろな東大生が登場するが、「並行世界」に足を踏み入れたという男性のエピソードが群を抜いて印象的。ネグレクトや虐待を受けて育ったこの男性は、ある日、近所の山の中で「牛人間」を目撃する……。人間の複雑さに触れて、思わず唸ってしまうような怪談である。
通常、怪談本では体験者の人生にスポットが当たることはほぼない。しかし『東大怪談』はあえてそこに注目することで、オカルトと人生が交差する瞬間を浮き彫りにしてみせた。ユニークな企画が見事にはまった、2022年前半のヒット作だ。

出典:豊島圭介『東大怪談 東大生が体験した本当に怖い話』(サイゾー刊)
出口なしの怖さ! 事故物件怪談の頂点
・小野不由美『残穢』(新潮文庫)
ここからの2冊は小説編。のはずなのだが、小野不由美の『残穢』を果たしてフィクションに分類していいものか。ひょっとしてここに書かれていることはすべて実話なのでは? 思わずそう疑ってしまうほどのリアリティが、この長編には漂っている。
主人公は著者自身を思わせる小説家。彼女のもとに久保さんという愛読者から一通の手紙が届く。久保さんの暮らすマンションでは、ときおり着物の帯が床を擦るような音が聞こえてくる。主人公はたまたまそのマンションの別の部屋でも、怪異が起こっているのを知っていた。マンションの調査を始めた主人公は、やがて近隣で不審死が相次いでいることに気づくのだが……。
ノンフィクション風に綴られた調査の記録は、派手な展開とは無縁だ。しかし淡々と進行する物語を追っていくうち、読者はいつしか触れてはいけないタブーの領域に接近していることに気づき、愕然とするだろう。
最近何かと話題を呼んでいる「事故物件怪談」の代表作にして、頂点を極めたともいえる作品。竹内結子主演の映画版『残穢 住んではいけない部屋』もよくできていたが、原作もやっぱり怖ろしい。新居に越したばかりの人、近々引っ越す予定のある人は読まない方が賢明かもしれない。
ちなみに小野不由美には『鬼談百景』という『残穢』とほぼ同時期に発売された怪談実話集もある。秘かにリンクした2冊をあわせて読むことで、より出口なしの恐怖を味わえるのでおすすめだ。

出典:小野不由美『残穢』(新潮文庫刊)
ひたひたと押し寄せる異界の気配……現代怪談の収穫
・小池真理子『アナベル・リイ』(KADOKAWA、電子書籍あり)
5冊目はこの夏発売されたばかりの新刊を。『アナベル・リイ』は直木賞作家・小池真理子が久々に手がけた長編怪奇小説。一般に恋愛小説やサスペンスのイメージが強い小池真理子だが、実はすさまじく怖ろしい小説を書く作家でもある。
物語は悦子という語り手が自らの身に降りかかった恐怖を回想する、という手記の形をとっている。1970年代後半、当時悦子が働いていたバーに、千佳代という女優の卵がやってきた。すぐに意気投合し、親友同士になった二人。しかし愛する男性と結婚し、幸せの絶頂にあったはずの千佳代は、急な病に倒れて死んでしまう。ほどなくして、悦子の周辺に千佳代の幽霊が現れるようになる……。
ストーリーはごくシンプルだ。非業の死を遂げた女性が幽霊となり、親しかった主人公の周囲に姿を見せる。それだけである。しかしそれだけの物語が、著者の文章で綴られると信じられないほど怖くなるのだ。私は霊感の類は一切ないが、もし幽霊がいるとすれば本書のような現れ方をするのではないだろうか。
しかもたびたび現れる千佳代の霊は、何を訴えたいのか分からない。悦子を恨んでいるのか、懐かしんでいるのか。意思疎通のできない相手が、ひょいと日常に現れてくる怖さといったら……!
幽霊を見てしまうことで決定的に変わる世界。それを言葉の力によって表現しきった『アナベル・リイ』は怪談小説のひとつの到達点だ。怪談の魅力がつまった一冊といえる。

出典:小池真理子『アナベル・リイ』(KADOKAWA刊)
文/朝宮運河
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