まさに歴史的挑戦だ。
里見がプロ編入試験に挑むことになった。里見は5月27日の棋王戦で古森悠太五段(26)を破り、直近成績を10勝4敗として同試験受験資格を取得していた。受験の意思を示すのかどうかが注目されていたが、チャレンジすることが決まったのだ。
プロ編入試験の第1局は8月18日に行われ、以降は1ヵ月に1局ずつ実施される。相手は昨春以降の新四段5人で、棋士番号順に対局して、5局中3勝すれば合格となる。
なぜこれがエポックメイキングなのか。過去に女性が棋士になった例がないからだ。「女流棋士」と「棋士」は制度が違い、棋士になるためには「奨励会」を勝ち抜く必要がある。里見を含めて多くの女性たちが奨励会で奮闘してきたし、現在もしているが、その壁を突き破ることはできていない。
だが棋士になるには、奨励会以外にも道がある。前述のプロ編入試験だ。アマチュア選手や女流棋士がプロ公式戦で棋士と対戦し、「10勝以上・6割5分以上の勝率」の条件を満たせば受験できる。過去に受験者は2人おり、今泉健司五段と折田翔吾四段は見事に合格して棋士になった。今泉も折田も奨励会の三段リーグを突破できずに退会し、アマチュアで実力をつけて結果を出した。里見も奨励会退会後は女流棋士に戻ったが、そこで飛躍的な実力アップを遂げたのである。

将棋界の歴史に刻まれる。女流棋士・里見香奈、プロ編入試験のゆくえ
将棋界の歴史に刻まれる戦いが始まろうとしている。8月18日から始まる女流棋士・里見香奈女流五冠(30)のプロ編入試験について、将棋ライター・大川慎太郎氏がその意義と展望を伝える。
里見香奈の挑戦が意味すること
里見があえて棋士を目指す理由
里見は受験の意思を示したが、「(受験するかどうか)微妙ではないか」という声が将棋界では多く聞こえてきた。実際、里見が受験資格の成績に近づくたびに、終局後のインタビューで編入試験のことを問われていたが、当初は「あまり前向きではない」などと話していた。本当に熱望していれば、資格を得た瞬間に受験を表明すればいい。だが里見が意思を明らかにしたのは、資格を得てから1ヵ月弱という期限ギリギリのタイミングだった。
なぜ悩むのか。いろいろな要因はあるだろうが、一つは「棋士」になるメリットだ。里見は現在も女流棋士のトップとして、多くの公式戦に参加して棋士と対局している。例えば、棋士たちによって争われる8大タイトル戦のうち、出場できないのは順位戦(名人への挑戦をかけたランキング形式のリーグ戦)、叡王戦、王将戦だけだ。しかも順位戦には試験に合格してもすぐに参加できないので(里見の場合、棋士になってから順位戦参加の条件を満たす成績を収める必要があるため)、実質出られないのは叡王戦と王将戦だけとなる。

そして試験に合格し、その後規定の成績を収めて順位戦の参加資格を得たとする。その時、待っているのは将棋界で誰も経験のしたことのない「超過密スケジュール」だ。女流五冠の里見は多くの女流タイトル戦に出場している。タイトル戦は対局日だけではなく、前後も移動日となる。それに加えて年間10局ほどの順位戦が加わったらどうなるか……。
里見は「棋士」になっても「女流棋戦」に出場すると見る向きは多い。女流棋界にとって里見はスター・オブ・スターで、スポンサーも出場を希望すると考えるのが自然だろう。
そういった要因がある中でも里見が受験の意思を示したのは、記者会見でも話していたように「純粋に将棋が大好きなので、少しでも自分の棋力向上を目指して強い方々と対局したいという思い、ただそれだけです」ということだ。
神話の国・島根県出雲市で生まれ育った里見は、将棋を覚えてからずっと「強くなりたい」という思いだけを抱えてきた。強くなるためにはいろいろな方法があるが、強い相手と指すのが最も有効とされている。
もしかしたら、いまの里見の中では、強い相手と指せるなら自分が「女流棋士」であるか「棋士」であるかはもはや関係ないのかもしれない。
プロ編入試験突破の可能性は?
編入試験で里見と対戦する棋士は次の5人だ(棋士の名前の後ろに記されている数字は、8月14日現在の各棋士の通算成績と勝率)。
①徳田拳士四段 12勝1敗(0.9230)
②岡部怜央四段 5勝5敗(0.5000)
③狩山幹生四段 15勝9敗(0.6250)
④横山友紀四段 8勝12敗(0.4000)
⑤高田明浩四段 30勝21敗(0.5882)
初戦の徳田戦の日程は前述したように8月18日だ。全員が有望株で強敵であることに変わりはないが、里見だって強豪を倒して受験資格を得ている。この中で公式戦で対戦があるのは狩山と高田の2人で、狩山には竜王戦で負け、高田には王座戦で勝っている。とはいえ1局ずつなので何とも言えないところはある。
里見が合格するかどうかについては、「十分可能性はあるが、勝負は時の運」としか言いようがない。明らかな格上がいるわけではないので、全員といい勝負になるだろう。圧勝するかもしれないし、惨敗する可能性だって否定はできない。
勝負のポイントになるのは2つ。
まず1つ目は日程だ。試験は8月18日に始まり、9月以降は月に1局ずつ指されるが、その間、里見は3つの防衛戦(女流王座戦・女流王将戦・倉敷藤花戦)と1つの挑戦(白玲戦)、つまり計4つの女流棋戦と並行して戦わなければいけないのだ。しかも前期の女流名人戦は敗れたので、今期は女流名人リーグに参加して月に1局指している。先ほど「棋士になったら超過密スケジュールが待ち構えている」と書いたが、試験の時点からそれは始まっているのだ。
そして2つ目のポイントは、試験官となる棋士たちのモチベーションだ。編入試験は公式戦ではない。対局料は発生するが、それでどれだけのモチベーションが生じるか。世間は里見が棋士になることを期待しているだろうし、いわば彼らは敵役である。注目される舞台だし、棋士が対局で手を抜くことはない。ただ勝つことによって次のステージに進むことができる対局と、そうではない対局ではやはり違うものだ。
里見が合格するかどうかに張れと言われたら、個人的には2つ目のポイントを重視して「合格」に賭けたい。
里見のライバルたちも、編入試験に熱い視線を送る
長年、女流棋界を取材してきて、最近は女流棋士の表情が以前よりも輝きを増しているように感じられる。白玲戦、清麗戦という高額賞金の棋戦が新たに創設されたことにより、それまでは普及活動が中心だった女流棋士たちが対局中心の生活を送れるようになった。そうなれば女流棋士全体のレベルが上がる。突き上げを受ける女流トップたちの実力だって向上する。女流タイトルの過半数以上を保持する里見は女流棋界では敵なしに映るかもしれないが、常に圧勝しているわけではない。
つまり今回の里見の挑戦には、女流棋士全員が関わっているとも言えるのだ。多くの将棋ファン同様、いやそれ以上に女流棋士たちもこの編入試験には熱い視線を送っており、感想を聞くと自分のことのように語ってくれる。
最近、鈴木環那女流三段(編入試験第1局の聞き手を囲碁・将棋チャンネルで務める)に話を聞く機会があった。示唆に富んだ熱いコメントだったので、本稿の結びにしたい。
「自分の夢はタイトル挑戦ですが、里見さんはどんどん遠いところへ行っています。最近は、里見さんのことばかり考えています。なんてすごいんだろうって。女流棋士はもっともっと強くならなければいけない。里見さんは他人に強要するようなことは絶対に言いませんが、背中で示してくれています。里見さんと西山さん(朋佳女流二冠)の2人だけに戦わせるわけにはいかないので、私も頑張ります」
文/大川慎太郎
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