自転車を専用バッグに入れて鉄道で旅する「輪行(りんこう)」というスタイルの自転車旅がある。自力で走るより遠くへサイクリングに出かけられるのが大きな魅力だが、他の乗客の迷惑にならないよう混雑する時間を避けたり、分解・組み立ての場所を見つけたりするのに苦労するなど、それなりにハードルが高い。
サイクルトレインはそういった輪行の手間を省き、自転車をそのまま車内に持ち込めるようにした特別な列車で、国内の路線でも増えつつある。
今回利用する「B.B.BASE内房」でJR両国駅から館山駅まで乗車する場合、料金・運賃は座席指定券840円と乗車券2310円の片道3150円。指定券はJRの主な駅のみどりの窓口や指定席券売機、「えきねっと」で購入する。

自転車と一緒に列車に乗ろう! サイクルトレイン「B.B.BASE」で行く南房総の旅
自転車と一緒に列車の旅を楽しめる「サイクルトレイン」。自転車を分解することなく、そのまま車内に持ち込めるという特別な列車に乗って、房総半島へ自転車の旅に出かけた。
初心者からのアウトドアVol.3
サイクルトレインとは?

駅のホームに自転車という珍しい光景が、旅への期待を高めてくれる
東京・両国駅の三番線ホームから専用列車で出発
今回紹介する「B.B.BASE」はJR東日本の千葉支社が運営するもの。同社の広報担当者は「自転車によるアクティビティであるサイクルツーリズムを鉄道と組み合わせ、広く房総地域を旅してもらうことで、より深く千葉の魅力を体験してもらえると考えました」と、B.B.BASE誕生の経緯について説明する。

B.B.BASE(BOSO BICYCLE BASE=房総バイシクルベース)は6両編成。座席数は99席で全て指定席となっている
5つあるB.B.BASEの路線はいずれも両国駅を起点に、「B.B.BASE内房(和田浦行)」「B.B.BASE外房(安房鴨川行)」「B.B.BASE佐原・鹿島(鹿島神宮行)」「B.B.BASE佐倉・銚子(銚子行)」「B.B.BASE鹿野山(君津行)」として運行される。
多くのサイクルトレインは通勤用などの一般列車を利用しているため、自転車の固定に手間がかかることも。しかし、1編成全てが自転車専用となるB.B.BASEでは、自転車をしっかりと固定できる専用ラックを座席ごとに用意しているので、より気軽で快適に自転車の旅を楽しめるというわけだ。

自席のすぐ近くの指定サイクルラックに自転車を搭載できるので安心。各座席には電源コンセントが用意されているので、スマホやアクションカムなどガジェット類の充電も可能
発着は普段使われていない両国駅の三番線で、階段やエレベーターを使うことなく、専用ゲートから自転車とともに入場。非日常感があってワクワクする。

きっぷの場合は駅の券売機で発券し専用ゲートの係員に見せて入場する。ICカード利用の場合は事前に一般の自動改札機にタッチしておく必要がある
今回は著者一人での乗車だったが、隣の席の方もソロのサイクリスト。10回以上も「B.B.BASE」を利用しているとのことで、初対面でもサイクリングという共通の話題で親しくなり、おすすめの休憩スポットなどを教えてもらうことができた。
自転車のまま乗車して館山駅に到着
乗車したのは両国駅と和田浦駅を結ぶB.B.BASE内房。サイクルトレインは初体験だったが、自転車の分解・組み立ての手間がないことの気軽さは想像以上で驚いた。7時51分に両国駅を出た列車は本千葉駅を経由し、2時間20分ほどかけてサイクリングのスタート地点である館山駅に到着。列車のデザインが珍しいせいか、道中では沿道から手をふる人や、写真を撮る人がいるなど、注目されているようだった。

鮮やかな花が南国気分を高める館山駅。電車を降りると潮の香りが漂ってくる

「日本の夕陽百選」にも選ばれた北条海岸からは、水平線の向こうに富士山が見えることも
今回は主に海岸沿いの「房総フラワーライン」を走るため、まずは駅近くの北条海岸に向かう。海の香りが徐々に強く感じられ、潮風が心地よい。

館山港の近くから「房総フラワーライン」は始まる。信号が極端に少なく、車もサイクリストに慣れているようで安心して走ることができた
北条海岸から海を右手に見て館山港を過ぎると、ほどなく房総フラワーラインに合流する。房総フラワーラインはここから南房総市和田町まで、約46kmの区間を海沿いに走ることができる、サイクリスト憧れの道だ。

国の登録有形文化財に指定されている洲埼(すのさき)灯台。この灯台と神奈川県の三浦半島にある剱埼(つるぎさき)灯台を結んだ線の内側が東京湾となる
信号の少ない海沿いを走っていくと、丘の上に純白の洲埼(すのさき)灯台が見えてくる。アイドルグループのミュージックビデオなどにも登場するビューポイントで、灯台のふもとの展望台からは、三浦半島や富士山、伊豆大島の眺望が楽しめる(新型コロナウイルス感染症対策のため臨時閉鎖する場合もあり)。

引き続き海辺を走ると、S字カーブの先に伊戸の磯が見えてくる。自動車のCMなどに度々登場する雄大な景色は、脚を休めるのにぴったりな気持ちの良いスポットだ。

房総フラワーラインのなかでも、伊戸から相浜(あいはま)の区間は「日本の道100選」にも選ばれている名所で、春は菜の花、夏にはマリーゴールドが沿道を彩る

太平洋の大海原を眺めながらの休憩も楽しい

房総フラワーラインには自転車ナビラインが描かれ、車もサイクリストに慣れているせいか走りやすい。ただし砂浜のそばでは、風に飛ばされた砂が溜まっているので注意したい
漁師料理で舌鼓
海辺の自転車旅の大きな魅力は、漁港の近くで楽しめる地魚料理。

漁港は立入禁止の場合もあるので注意が必要。くれぐれも漁師さんのじゃまにならないよう景色を楽しみたい
鯵で有名な相浜漁港にある食堂で、遅めの昼食をとることに。お目当ては、漁師が営む「相浜亭」の新鮮な魚料理だ。

名物のアジフライや刺し身のほか、地磯で採れたヒジキなど海産物の小鉢が嬉しい
刺身定食や海鮮丼なども人気のようだが、名物のアジフライ定食(1500円)をいただく。大ぶりでフワリとした味わいは、海沿いの旅をより充実したものにしてくれた。
巨匠画家にも愛された漁師町を探訪
相浜漁港のお隣、布良(めら)漁港は『海の幸』(アーティゾン美術館所蔵)で知られる、明治期の洋画家・青木繁が制作のため逗留した名画ゆかりの地だ。

青木繁が下宿し創作に打ち込んだという「小谷家住宅」
布良の海を見下ろす丘の上にある「小谷家住宅」は、「青木繁『海の幸』記念館」として一般公開されている。取材時は残念ながら臨時休館中で入ることはできなかったが、曲がりくねった細い坂道越しの海を画家も見ていたのかと想像するのは楽しい経験だった。

小谷家住宅からさらに数百メートル進むと、布良海岸(阿由戸の浜)を望む高台にある「青木繁記念碑」にたどり着く。今回の自転車旅はここが折り返し地点。館山駅からの距離は約23kmで、写真を撮ったり食事休憩をしたりしながら走って所要時間は3時間ほどだった。

帰りの列車は17時09分に館山駅を発車。くれぐれも乗り遅れのないように早めに駅周辺まで戻り、駅売店でお土産などを選びながら発車時刻を待つのがおすすめだ
館山駅への帰路は、山道を行くショートコースもあったが、夕暮れの太平洋を楽しもうと往路と同じ海沿いでのんびりとペダルを踏んだ。

専用ゲートからホームに入場しラックに愛車を載せれば、あとは列車に揺られながら車窓から房総の海の景色をゆったりと眺めるだけ。南房総にはキャンプ場や第二次大戦中の戦時遺構など、アクティビティや見どころも多い。歩くより遠くへ、車よりのんびりと景色を楽しめる自転車旅なら、きめ細かにその魅力を体験できそうだ。
(撮影/杉山元洋)