八十六歳のおじいさんがマニキュアを塗り、お化粧をして、ピンクのロングドレスを着ている……。それだけ聞いたら、この世のものとも思えない、グロテスクなものを想像なさる方が多いでしょう。でも実は、それこそが私の姿。美輪明宏という名前がついて写真があれば、〝この人はこういう人だ〟と、今や日本中の皆様が認めてくださいます。
このスタイルは、私が年齢、性別、国籍、職業、肩書きなど、ありとあらゆるボーダーを超越して、たどり着いたもの。人間を分類し、制限してしまうそれらの価値観から一切解き放たれて、自分に一番似合うものを探していった結果が、たまたまこういう姿になっただけのこと。何歳だからこれを着るべきだ、とか、男だから派手なのは恥ずかしい、とか、常識的な考え方には一切囚われないで、自分という真実だけを追究した結果とも言えます。
「どうして美輪さんはいくつになっても元気で、現役なのですか?」
そう聞いてこられる方が最近特に多いのですが、ボーダーレスに生きてきたこの姿勢が、答えになっていると思います。
「ようやく時代が美輪さんに追いつきましたね」
今から六十年以上も前にホモセクシュアルであることをカミングアウトしたことや、元祖ビジュアル系としてデビューしたことから、みなさまはそんなふうに言ってくださいます。 当時は世のヒンシュクを買い、国賊と呼ばれて袋叩きにされましたが、ごらんなさい、ボーイ・ジョージやデヴィッド・ボウイのようなトランスジェンダーのスーパースターも遅ればせながら登場し、今となってはそういう存在は、珍しくもありません。
ですが私は、時代を先取りしたつもりはありません。ギリシャ・ローマの時代から同性愛はありましたし、日本の元禄時代にも、陰間茶屋というゲイバーのような場所までありました。同性愛の文化は太古の昔から存在したのです。私はそれを自分流にアレンジし、洗練された形で復活させただけのこと。

「ボーダーレスで生きましょう」 今こそ読みたい美輪明宏の言葉 #3
この混乱の時代をどう生きるか。今こそ美輪明宏の言葉に生きるヒントがある…現代の日本人が忘れてしまった「美徳」の意味と実践の大切さを、厳しくも温かい美輪節で解き明かすエッセイ集『乙女の教室』(美輪明宏著・集英社文庫)から一部抜粋・再構成してお届けしたい。
今の私は真実を追究した結果
真理を味方につけておけば、怖いものはない
ただひとつ言えることは、私は、「常識」を規範にものを考えたり、発言したことはありません。戦前・戦中と戦後では、一夜にして百八十度変わってしまったように、常識とは、絶対的なものではないからです。時代時代の権力者や勢力バランス、風潮に左右されやすい、常識とは一時的な流行のようなものと、言ってしまってもいいかもしれません。
その代わり私は、長いスパンで日本や世界を見渡し、歴史を勉強してその中にある「真理」をつかみとり、その視点から意見を言うようにしています。真理とは、時代を超越した永久不変なものであり、だからこそ人が、規範とするべきものだからです。
かつてビジュアル系でデビューしたときも、まずは日本のファッション史をひもときました。すると、元禄時代のお小姓たちは、女性向けの華やかな柄の反物を男仕立てにした振袖をあつらえ、着ていたとか。そこで私はピンクや紫など鮮やかな色のものや、レースやシルクなど女性向けの素材をふんだんにつかって、服を作りました。パンタロンの裾からフリルをのぞかせたり、毛皮のトリミングをつけたり……。
シャンソンの歌詞を翻訳したときも、一般庶民に親しみやすい口語体にしました。当時日本では、上流社会のご婦人たちが愛好していたため、シャンソンの歌詞は気取ったものでしたが、フランスの歴史を見れば、私のほうが正しいのは一目瞭然。物事の本質をとらえ、常識よりも真理を味方につけておけば、怖いものはなにもないのです。
年齢や肩書き、性別など、すべてのボーダーを忘れておしまいなさい。年齢は数字にすぎませんし、性別もどちらだって同じこと。収入や肩書き、職種などは、その人間の本質とはまったく関係ありません。
めざすのは、ただひとつ、よい人間であること。
人に迷惑をかけず、笑顔で一生懸命に生きるよい人間には、すべてが許されるべきです。何をやっても、どんな恰好をしても、責任さえ取れるのなら、あなたは自由なのです。
写真/御堂義乘

『乙女の教室』(集英社文庫)
2022年5月20日
737円
文庫 272ページ
ISBN:978-4-08-744386-8
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