空港で赤ちゃんを産み落として殺害した直後にカフェでアップルパイを「頑張っている自分へのご褒美」とインスタ投稿した女性…裁判によって発覚した事実
境界知能とは、知能指数(IQ)でいうと「70以上85未満」で、知的障害と平均域のボーダーに当たる知能を表す。そんな境界知能の人は日本人の7人に1人いると言われている。「普通」でも「知的障害」でもないはざまにいる境界知能の子どもたちの実態を解説する。『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ』 (SB新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。
『境界知能の子どもたち』#2
「IQ70以上」だと障害とは判定されにくい
すでにお伝えした通り、知的障害には、おおむね「IQ70未満」という基準があります。
逆にいえば、原則として「IQが70以上」あると、社会生活を送る上で生きにくさを感じていても知的障害とは判定されにくいことを意味します。IQが72、73、74などと70を少し上回っただけで、「知的には問題ない」、「知的障害ではない」と診断されるケースも多々みてきました。

エントリーシートの質問がわからないKさん
Kさんは、小学生の頃から授業についていけないことがあり、母親からよく叱責を受けて育ちました。それでも成績はおおむね「3」の評価で、目立つトラブルもなく、どちらかというとおとなしい子どもでした。大学に進学し、2年のときには、ハワイに短期間のインターンシップ留学をして職場体験を経験しました。Kさんの夢はキャビンアテンダントになることです。4年生になるとKさんは、就職活動のためにたびたび上京し、航空業界やホテル業界を中心に就職試験を受けます。しかし、企業に提出するエントリーシートの質問の意味がわからず、空欄ばかりになることもありました。
実はKさんは、誰にも言えない秘密を抱えていました。就職活動をしながら、臨月の身だったのです。両親はこれまでになく喜んで就活を応援してくれます。「関係が崩れるのが怖い」と思い、相談できません。
2019年11月、就職活動のために上京した羽田空港のトイレでKさんは赤ちゃんを産み落とします。そして直後に殺害。遺体を紙袋に入れて空港内にあるカフェに向かいます。そこでアップルパイとチョコレートスムージーを注文し、写真を撮影。「頑張っている自分へのご褒美」というコメントをつけてインスタグラムにアップしています。その夜、Kさんは東京都港区の公園に移動し、素手で穴を掘り、遺体を埋めました。そうして翌日、予定通りに就職面接を受けたのです。
気づかれない「境界知能」だったKさん
赤子の殺害の事実だけを記事で読めばKさんのことをサイコパス的な、まるで理解不能な人間、その行動は常識が通じない身勝手なものだと思われた方もおられるかと想像します。
Kさんの事件の判決は2021年9月に下されました。裁判長は「就職活動への影響を避けるべく、自らの将来に障害となる女児の存在をなかったものにするため殺害した。身勝手で短絡的だ」と述べ、懲役5年の実刑判決を言い渡しました。
でも果たして、「身勝手な人間だからこんな犯罪を行った」のでしょうか。実は、この事件にはある背景がありました。
公判前の検査では、被告人のIQは74で「境界知能」に相当していたのです。境界知能は、図1に対し、図4のように正常域と知的障害の間に追加されるイメージです。

図4 境界知能の位置づけ。『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ』より
一般に、IQ70以上は知的障害とは判定されません(自治体によっては判定されることもあります)。しかし、IQ70~84は、何らかの支援が必要とされる「境界知能」に当たります。
「知的障害グレーゾーン」とも呼ばれる境界知能は統計学上、人口の約14%が該当します。成人でおよそ中学3年生程度の知的能力です。
障害ではないので、行政の支援の対象外です。行政の福祉サービスを受けるには、療育手帳を取る必要がありますが、境界知能では、基本、手帳は取れません(ただし、発達障害で手帳を取れる可能性はあります)。
今、声を大にして申し上げたいのは「発達障害でも知的障害でもない境界知能の人たち」の存在です。今の福祉サービスでは、知的障害の人が受けられる支援や発達障害の人が受けられる支援の両方から外れてしまうのです。
後先を考えて行動するのが苦手
先述したKさんは、裁判中に「自首」や「殺める」といった言葉が理解できず、ごまかすために笑うなどして裁判長がいらだつ場面があったと報じられています。
また、「自首を考えなかったのか」と問われ、「自首ってなんですか」と問い返し、「そんな制度があるなんて知らなかった」と答える場面があったそうです。
それでも、彼女の知的能力は「低いとはいえ正常範囲内で大きな問題はない」と裁判所では判断され、懲役5年の実刑判決が下されます。

一般的に、知的障害をもつ人は、後先を考えて行動するのが苦手です。境界知能の人にもその傾向はあります。これをやったらどうなるのか?先のことを想像するのが苦手なのです。
とくにあわてて何かをしなければいけないときに、後先を考えずに場当たり的に判断し、突発的な行動をしがちです。
真相はわかりませんが、Kさんは、計画性があったわけではなく、突発的に殺害してしまった可能性もあります。弁護側は最終弁論で「被告には、エントリーシートを埋めるようアドバイスをする人もいなかった。事件についても、相談できる人がいれば起きなかった」と主張したそうです。
うまく人に相談できないというのも、知的障害や境界知能によく見られる特徴です。とくに境界知能の場合、「やる気がない」「怠けている」ととらえられ、周囲の人に理解されないまま、挫折を重ねて孤立するケースが数多くあるのです。
証人として出廷したKさんの母親は、幼い頃から叱責を繰り返したと打ち明け、「苦しい気持ちを何ひとつわかっていなかった」と泣きながら証言したそうです。本来ならば、社会に出る前に家庭や学校で支援の道筋を立てる必要があったのに、と無念に思います。
文/宮口幸治
『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ』 (SB新書)
宮口 幸治

2023/8/5
990円
208ページ
978-4815609931
日本人の7人に1人! 「普通」でも「知的障害」でもないはざまの子どもたち
【内容】
境界知能の子どもたちは、一見すると普通の子に見えます。
もしも、みなさんの知り合いに境界知能のお子さんがおられたとしても、まず気づかないと思います。その子に道で出会ったら、あいさつを交わして会話も成り立って、困っている子には見えないはずです。あるいは、わが子が境界知能の場合でも、客観的には普通の子に見えるのではないでしょうか。
「普通」の子に見えるのに、「普通」ができない――これは、境界知能の子だけではなく、軽度知的障害の子にも当てはまる場合があります。知的障害でも「軽度」というところがポイントで、一見すると普通の子に見えて、見過ごされてしまうケースがあるのです。本書では、「境界知能の子どもたち」と銘打っていますが、その内容は軽度知的障害の子にも当てはまる部分は大いにあります。
・授業についていけない
・友達とうまくつき合えない
・感情コントロールが下手
……そんな困りごとがあれば、子ども本人のやる気や性格のせいだと片づけるのは早計かもしれません。
この本を手に取った方は、境界知能の子どもの親御さんや、クラスに「気になる子ども」のいる学校の先生、あるいは福祉や心理など特別支援教育の関係者の方が多いかと思います。
親や教師、周囲にいる大人は、その子のしんどさ、そしてしんどさの背景にある認知機能の問題に気づいてあげてほしいのです。
(「はじめに」より)
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