円の下落がとまらない。為替レートが変動する材料として、金利(より低金利は通貨安)、貿易収支(貿易赤字は通貨安)、インフレ率(物価上昇は通貨安)、財政収支(財政赤字は通貨安)などが挙げられるが、いずれも通貨安の方向に材料が揃っているのだ。
日米の金利差は拡大する一方だし、昨年度の日本の貿易収支は2年ぶりに赤字で、その規模5兆円超えというのは過去4番目の水準だ。今年になっても3ヶ月連続で赤字となり、3月は4000億円超の赤字となった。
消費者物価上昇率はまだ1.0%に満たないが、企業物価は3月に9.5%上昇し、第2次オイルショック直後の1980年12月(10.4%)以来の歴史的高水準となっている。
これが店頭の小売価格に転嫁されるのは時間の問題だろう。また、日本の財政赤字の対GDP比は世界で唯一200%を超えるダントツの比重で、しかもその赤字額は増え続けている。
実際、円は20年ぶりの安値を付けている。過去1ヶ月の騰落率は主要通貨最大で、国債がデフォルト扱いのロシア・ルーブルに次ぐ弱さだ。
通貨安・通貨高の材料は、一方に揃うことはめったにないのだが、それが今は揃っている状態。こうなると円安が円安を呼ぶ悪循環となる。
「キシダに投資を!」のかけ声もむなしく…“丸腰ニッポン”の円はどこまで下がるのか?
4月末に20年ぶりに1ドル=130円代に下落した円だが、まだまだ下げ止まる気配はない。過去1ヶ月の騰落率は主要通貨最大で、国債がデフォルト扱いのロシア・ルーブルに次ぐ弱さだ。もはや無策を通り越して丸腰ともいえる日本の円安対策に処方箋はないのか?
ロシア・ルーブルに次ぐ弱さ

4月28日には20年ぶりに1ドル=130円台に
問題は、日本の通貨当局(財務省・日銀)がまったく動かないでいることだ。為替レートは実体の需給通りに動くわけではなく、そこには「思惑」が働く。
その「思惑」が為替変動をより激しいものにしたり、少し落ち着かせたりすることがあるのだが、マーケットの視点からは、今の日本の対応は「円安を放置、あるいはより刺激するもの」となっている。
5月4日、FRB(米連邦準備制度理事会)が公開市場委員会(FMOC)を開き、0.5%の利上げと6月からの資産圧縮を決定した。日本はゴールデンウィークのど真ん中で、日本市場だけが止まっていた状態だ。変動リスクに対応できないときに、最も大きな変動リスクが出てくることに警戒心が高まっていた。
すでに4月6日、FRBは3月に開いたFOMCの議事要旨を公表したが、そこでは量的引締め(量的緩和で膨張した保有資産の圧縮)を5月のこの会合で始めることが「正当化される」と明らかにされていた。
しかも前回(2017~19年)の倍となるペースで圧縮され、3年で3.4兆ドル(約420兆円)、あるいはそれ以上減らすこともありうるという。つまり、市場の予想をはるかに超える速さと規模で資産圧縮がありうると示唆していたのだ。
それだけではない。4月21日にFRBのパウエル議長は通常0.25%刻みの利上げ幅を倍の0.5%(2000年5月以来)となることも「テーブルの上にある」と発言した。資産圧縮と0.5%の利上げがセットになると、前例のない激しい金融引き締めとなる。
投資家たちは0.5%の利上げが選択肢として示唆されると、「市場は直ちに0.75%の可能性を織り込み始める」と警戒し始める。
結果、0.75%利上げについてはFRBが慎重な姿勢を示したことで市場は落ち着きを見せたが、今後も0.5%刻みの利上げが繰り返される見通しが固まりつつある。
口先介入は不発に
おかしなもので、金融市場は直近の最安値、最高値を意識する。円の対ドルレートでいえば2015年6月の最安値だ(1ドル=125円後半)。これが心理的な節目とされる向きもあった。
しかし4月13日、円安はこれを一気に超えて、126円前半という20年ぶりの安値をつけた。
この安値にあわてたのだろう。鈴木財務相は4月15日、現状を「悪い円安と言えるのではないか」と発言。すると「円安は日本経済にプラス」と言って譲らなかった日銀の黒田総裁までもが4月18日、「大きな円安や急速な円安はマイナスが大きくなる」と見解修正。
通貨当局のツートップが市場をけん制する口先介入へと乗り出したのだ。ところがその翌19日、円相場は1ドル=128円にまで加速した。口先介入は完全な空振りに終わったといえる。
そもそも口先介入は他には動けない、つまり無策ゆえの「口先だけ」と見透かされるリスクがあるのだが、実際に円は20日には129円まで下落した。
G20、G7も「素通り」
ここまできたら日本単独では円安に対応できそうもない。ならば国際協調だのみか。ちょうど4月20日にはワシントンでG20(20ヵ国・地域財務相・中央銀行総裁会議)とG7(主要7ヵ国財務相・中央銀行総裁会議)が予定されていた。
G20は1997年アジア通貨危機を教訓に、過度な為替変動に対応するために主要国だけではなく、新興国も含めて協調しようと始まった(1999年初会合)。
また、前回のG20(22年2月18日・ジャカルタ)でも米欧の金融引き締めに警戒し、「コミュニケーションのとれた出口戦略(金融正常化)」という表現で配慮を求める声明が採択されていた。
アメリカの金融引締めによるドル高で、自国通貨下落に苦しむのは日本だけではない。多くの新興国と声を合わせ、円安対応に動きたいところだった。
だが、4月20日のG20はロシアの参加に反発した米英カナダなどの途中退席もあって、共同声明すら出せなかった。
それならば、ロシアがいないG7があるとばかりに、鈴木俊一財務大臣が急激な円安への危機感を表明したが、こちらも各国からこれといった反応もなく、外信から「素通りされた」と報じられる始末だ。結局、G7の共同声明も最後まで為替の安定に触れることはなかった。
鈴木財務相としては、過去にG7で為替市場の「過度の変動や無秩序な動きは経済に悪影響を与える」と再三確認されたことにすがったのだろう。
しかし「過度」であるとか「無秩序」であるとかは、投機などによって経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)から乖離しているかどうかで判断される。
だが、残念ながら今の円安はそのファンダメンタルズと一致している。IMF(国際通貨基金)の高官も日本経済新聞の取材に、「ファンダメンタルズを反映した形で円は動いている。無秩序になっていないのだから、安定させようとする必要はない」と答えている。
そう、世界は金融正常化に動いているのだ。実際、G20、G7を前に4月14日、シンガポールは3回連続の金融引き締めを発表し、韓国中央銀行は0.25%の利上げを決定し、欧州中央銀行(ECB)は理事会声明で量的緩和を「7~9月期に終える見通しが強まった」と明記している。
ところが、日銀はG20、G7が開催される4月20日に、複数日(21~26日)にわたって「連続指し値オペ(公開市場操作)」を実施すると発表したのだ。0.25%の利回りで日銀が国債を無制限に買ってくれるのだから、長期国債の価格はそれ以上に安くはならない(長期金利は0.25%以上に上がらない)。
つまり、日本はあくまでも金融緩和を継続するという姿勢を鮮明にしたということだ。これは円売り刺激に他ならない。
物価高と選挙対策
日本の物価は今、輸入物価上昇→企業物価上昇→消費者物価上昇という波及経路をたどっている。そこに国内消費の回復や賃金上昇による影響はほとんどない。
過度の円安進行は必ず物価高に直結する。それは消費を冷やし、内需型産業のコスト負担を増やし、輸出産業ですら素材輸入コストで収益が圧迫される。
それでも政府は円安対応に無策なまま、物価高には財政支出で対応しようとしている。それで7月の参議院選挙まで乗り切ろうとする算段なのだろう。

5月5日、ロンドンの金融街であるシティで講演し、「Invest in Kishida!(キシダに投資を)」と訴えた岸田首相だったが……
しかし、それは選挙対策であって経済政策ではない。補助金でガソリン価格を抑えても、低所得層に5万円配っても、効果は一時的なものだ。
岸田首相の頭の中に日本経済に対する中長期的戦略がなく、この夏の参議院選挙に勝てば3年間は政権安泰という目先の戦術しかないのだろうか。
今こそ日銀は政治からの独立性を取り戻し、「物価の安定」つまりは「通貨の信認」という本来の使命に立ち帰るべきではないだろうか。
写真/共同通信社 AFLO
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