紳士・婦人向けのオーダーメイドスーツブランド・Re.museは、2013年8月に勝が大阪・淀屋橋に設立。ミリ単位の緻密な採寸と縫製、ボディーラインを美しく見せる補正技術を武器に、着実に業績を伸ばしてきた。顧客からは着る人の夢を叶えるヴィクトリースーツと呼ばれる。

コロナ禍で月四桁の赤字に。窮地に立たされたオーダースーツブランドの復活劇
念願の銀座出店を果たしたわずか半年後、コロナ禍によって絶望の淵に立たされた1人の女性経営者がいる。オーダーメイドスーツブランド・Re.museを展開する株式会社museの代表取締役・勝友美だ。東京で初めての緊急事態宣言が発出されてから1年後、倒産の危機に瀕したRe.museは不死鳥のごとく蘇り、事業はより強固なものになった。なぜRe.museはV字回復できたのか、勝のインタビューをもとにその復活劇をお伝えしよう。
念願の銀座出店。その半年後に直面した”コロナショック”

その後、東京・六本木に進出し、2019年9月には念願の銀座店をオープン(六本木店は2022年3月末に閉店)。ところがそれからわずか半年後、コロナ禍に見舞われた。
当時の状況について勝は、遠い昔を思い出すかのように「最悪でした」と絞り出すのがやっとだった。オーダー業界のかき入れ時である3月を前に、予約のキャンセルが相次いだのだ。
周囲を見渡せば、大手百貨店やテーラーも次々と店を閉め、業界全体がコロナ禍の猛威に飲み込まれていた。コロナ禍で来客数が激減しても、人件費や店舗・社員寮の家賃など毎月四桁近いコストは払い続けなければならない。店を閉めるか、それとも開け続けるか、勝は決断を迫られていた。

そんな中、心の支えのひとつとなったのが、工場の職人の存在だった。
コロナ禍で工場の営業日数も徐々に減り、最終的には週3日になった。しかし、勝は「週3日稼働しているということは、職人さんたちはまだ諦めていない」と感じたという。
そして、勝はコロナ禍でも店を開店し続けることを決断する。しかしその先に、身を引き裂くような苦しみが待ち受けているとは思いもよらなかった。
店を開くという勝の決断は社内で賛否両論を起こし、「会社を信じられない」と採用したばかりの新入社員全員が次々と辞表を提出してきたのだ。
勝が自分を否定されたかのような気持ちになったのは想像に難くない。
「すべては通信簿なのではないかと思います。社員が辞めてしまったのも、自分に何かが足りなかっただろうと」。そう内省するが「『ピンチはチャンス、夜明け前が一番暗い』と私自身いつも口にしていますが、本当に暗くて店舗の雰囲気も悪かったですね」という言葉も、思わず口をつく。

会社が潰れる時は、どんな時か?
しかし、そんな最悪な状況でこそ見えてくる真実もある。
「会社が潰れる時は、どんな時だろうと考えました。それは膨大な借金をした時でも、店を開けられない時でもなく、結局経営者が諦めた時に会社は潰れるのだ、と。そもそも、私には自分が諦めなければどうにかなるという考えが根底にありました」
落ちる所まで落ちて、勝は吹っ切れた。そして、社員の前でこう宣言した。
「これから先も、私はみんなが納得する決断ではなく、自分が納得する決断をし続けると思う。ただ、それでもついてきてくれる信頼関係が、本当に強いチームをつくるとも信じています」

不退転の決意を胸に、勝はついてきてくれたメンバーの先行きを照らすべく、自らも積極的に動いた。顧客開拓を進め、必死に売り上げを立て「営業力があれば、会社は潰れない」という信条を勝は体現しようとしていた。
しかし、勝は今までに味わったことのない"違和感"を抱いた。「マンパワーに頼った『オフライン』の営業活動だけでは、また同じような危機に陥ってしまうのではないか」。そう感じた勝は、新たな道を模索する。
そこで活路を見出したのがYouTubeを中心とした『デジタル』の活用だった。
「元々、周囲の方々から『YouTubeをやったらいい』と言われていました。また、私が過去に出演した番組や講演などを観て、YouTubeチャンネルの運営で有数の実績を持つプロデューサーの方からオファーをいただいたこともあります。けれど、オフラインを重視したい気持ちが強く、どうしても前向きになれなかった。ただ、再び危機に陥らないためにも覚悟を決めたんです」

もちろん、YouTubeをフックに事業を成長させるのは容易ではない。近年は芸能人やインフルエンサーたちの参入が増え、YouTubeは飽和状態だとも言われている。勝もそのことは十分に承知していた。
だからこそ、どうしても譲れないことがあった。それが、競争が激化するYouTubeでチャンネルを成功に導く「パートナー」の存在だった。数多くのオファーがあった中で勝は「この人しかいない」と、あるWebマーケターを指名した。
「オンラインゲームで世界一を取ってトップに立ったこともある方で、私が描く世界やスケール感も共有できました。本質を深く掘り下げる姿勢や私が想像をしていないくらい大きな目標を掲げるところも、支援をお願いしたいポイントになりました」
勝のこの決断は、YouTubeチャンネルだけでなくRe.museの命運も左右することになる。
活路は絶対にあると信じ続けた
勝のもともとの知名度などもあり、2020年11月に開設された「勝友美-VICTORY CHANNEL-」は3ヶ月ほどでチャンネル登録者3000人まで順調に伸びた。
しかし、ここで登録者の伸びが止まり踊り場を迎える。毎日配信するために、企業経営のかたわら膨大な時間を撮影などにとられ、動画のための人件費や製作費にも予算を投下し続けなければならない。「この時は模索の時期ならではの辛さがあった」と勝は率直な思いを吐露するとともに、数々の危機を乗り越えてきた経験から手応えも感じていた。
「制作チームの雰囲気がポジティブで『絶対に活路はある』と信じていましたね。Webマーケターの方も何か伸びる兆候があれば、いつでも報告してくれる。それくらい前しか向いていませんでした」

この前向きな努力は、やがて一筋の光を示した。それが、ほぼ全ての動画を「YouTube ショート」で配信するという戦略だった。当時、日本国内で新機能だったYouTube ショートを活用した事例はほとんどなかった。しかしWebマーケターが行ったデータ分析やYouTubeというプラットフォームに対する膨大な研究を踏まえて、大きく舵を切ることを決めたのだ。
また動画の内容も大幅に見直した。これまでは、ビジネスパーソンに役立つ思考法などが内容のほとんどだったが、YouTubeショートの配信をスタートしてからは時事ネタに絡めた動画や勝の「結婚観」など、よりパーソナルなことに踏み込んだコンテンツも配信。また、寄せられた質問に対してもYouTubeショートで積極的に回答するなど、視聴者とのインタラクティブなコミュニケーションも強く意識した。
特に、視聴者からの質問に対してはできる限り率直に「本音」で答えてきた。中にはタイトルに「超辛口」と入っている動画もあり、それは勝が質問に対して本気で答えている裏返しでもある。
タレントではない経営者という立場を踏まえると、このような動画を配信するのはかなりのリスクを背負っているとも言える。ともすれば、Re.museが築いてきたブランドにも傷がつきかねない。しかし視聴者が何を求めているか真摯に考え、取りうる限りのリスクを取った結果、勝のYouTubeチャンネルの運命は大きく動き出す。
試行錯誤を繰り返したYouTubeチャンネルの運営は、勝が想定していなかった結果をもたらした。「エンタメでもゲーム実況でもない、ビジネスジャンルの私のチャンネルは登録者10万人にも届かない」と考えていた勝の想像を遥かに超える勢いで登録者は伸び、2021年8月の1ヶ月間だけで新規登録者が10万人を超えたのだ。
そして、2022年4月には登録者が36万人を突破。総再生回数は4億回を超え、全国から勝の動画に感銘を受けた視聴者からの予約が入るようになった。売り上げもコロナ禍前を超えるまでに伸び、見事V字回復を果たした。

さらにRe.museへの入社に関する問い合わせも殺到。それを受けて選考を行い、新たな社員を迎え入れた。
勝は「デジタルの可能性を肌で感じることができた」とYouTubeを開設してからの1年半を振り返る一方で、「復活できたのは結果論」とクールに語る。
「今、何をすべきなのか。それを常に全力でやってきただけです。実際、YouTubeがここまで伸びるとは思っていなかったですし、どれだけ予約につながるかもわからなかった。しかも、こんなに生き生きとした社員が入社してくれるとは想像していませんでしたから」

昨今は、世界中の誰もが出口の見えない暗闇のトンネルを、手探りで進んでいる。混迷の時代の真っ只中で「だからこそ」と勝は力を込めた。
「誰でも『そんなこともあったね』と言える未来をきっと作れるはず。私も当時があったおかげで成長できて今があるので、人生には試練も必要なのかもしれません。そして、よりよい未来を創造できるかは自分次第だと思うんです」
勝はそう言うと「でも、よく業績が回復したと私でも思います」と、微笑んだ。
撮影:遠藤素子
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