ヒーロー君の置き場所は、デュアルライフ実践者である僕が通常暮らしている東京の家ではなく、山梨県・山中湖村の“山の家”の方だ。
7月頭の某日、ひとまず山の家へ行った僕は、旅に出たくてうずうずしているようにも見える相棒・ヒーロー君に乗って出発した。

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快晴の出発当日。富士山に見送られて

行き当たりばったり旅が車中泊のいいところだから、僕はこの時点でまだ今回のショートトリップの行き先を決めていなかった。

アクセルを踏みながら、「とりあえず、箱根の山でも越えてみるか」と考えた僕は、御殿場市街を抜け、“箱根裏街道”と呼ばれる国道138号線で箱根方面を目指した。
僕の車中泊カー=ヒーロー君こと平成22年式スズキ・エブリイ(EBD-DA64V)は、660ccの直列3気筒、49馬力という非常に非力なエンジンを搭載している。
3速ATエンジンはもちろんノンターボ、しかもすでに走行距離14万kmを超える過走行車だ。
心配すればキリはないが、これからの旅に向けて色々な不安要素を抱えていることは間違いない。
そこでまずはスパルタ方式で、“天下の険”箱根越えによって、この車の実力を試してみることにしたのだ。

何しろ箱根は、1935年にトヨタが試作第一号車「トヨダA1 型試作乗用車」の長距離走行試験をおこなった山。
そのときは箱根越えにかなり苦労したのだという。
だが我がヒーロー君は、ポンコツとはいえさすがに現代の車だった。
急坂でスピードは落ち、エンジンはすごい唸りをあげたものの、あっさり箱根の山を越えることができた。

当たり前と言えば当たり前だけど、少しだけ感極まった僕は、当時の豊田喜一郎よろしく、誰かに向けて電報を打ちたくなった。
「タダイマ ハコネヲ コユ」と。

予期せぬ珍客との戦い

箱根の山を越える前後から、それはチラチラと視界に入っていた。
小さなアリが数匹、なぜか運転席側のエアコン吹き出し口あたりをウロチョロしている。
車をずっと“山の家”の庭に置いていたから、きっとどこからか迷い込んだのだろう。

おや?
よく見ると、何匹かは可愛い卵を運んでいるではないか。
巣の引っ越しの隊列から逸れて迷い込んだのかな?
旅は道連れというけれど、こんな狭い車の中じゃキミたちも色々と困るだろう。
ちょっと待ってろよ、どこか住みやすそうな場所に停めたら、外に誘導してやるから……。

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卵を運ぶアリンコ。この程度の数ならまだ良かったのだが……

などと、基本的に“虫も殺さぬいい男”の僕は考えながら走っていたのだが、小田原を抜けて平塚あたりまで来た頃、うろつくアリの数がシャレにならないほど多くなっていることに気づいた。
焦った僕は近くのコンビニの駐車場に車を停め、エアコン吹き出し口の部品を外して奥の方を確かめてみた。

な、なんだこれは……。
あまりにも気色悪いので写真を撮らなかったが、それは恐ろしい光景だった。
おびただしい数のアリとその卵がエアコン吹き出し口の隙間にびっしり詰まっているではないか。

どうもこれは、お引っ越しの途中なんていう生やさしいものではない。
明らかに、僕の車に巣食っているのだ。
この車は農家の方が前オーナーで、採れたて野菜の配送に使っていたようだ。だからもしかしたら、野菜についた泥に紛れていたアリさん一家が、その頃から勝手にここを住居と定めていたのかも。

そうとわかったら、前言大撤回。
虫も殺さぬ……なんてヤワなことは言っちゃいられない。
この車は僕の寝床だ。安息の場だ。アリンコと同居は厳しい。

僕はコンビニの店内に駆け込むと、鼻息荒くキンチョールスプレーを購入。
アリどもをせん滅すべく、無慈悲な鉄槌をくだしてやった!

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アリよ、すまんがさようなら

まあ、一人でそんなことをやりながら、湘南の海岸通りをひた走っていたのだが、この日はとても天気が良く、夏の海の眺望は最高だった。
あまりに気持ちよかったので僕はこのまま海を眺め続けていたいと思い、今回のショートトリップの行き先を、三方を海に囲まれた房総半島、千葉県に定めた。
今日の夜も明日も、天気は良さそうだ。
房総の海辺で車中泊し、海沿いに半島を回って東京の家にゴールする。
これはなかなか気持ちがよさそうだぞ。