「失うものはねえんだー」と叫んだ藤村容疑者

藤村容疑者とAさんに接点はあったのか。Aさんの知人男性によると、2人に面識はなかったという。

「Aさんは運転手の仕事をしていて、事件当日は仕事を終え、会社で自分の車に乗り換えて茂原市内の自宅に帰るところだったようです。会社を出たあたりから、藤村容疑者の車にずっとクラクションを鳴らされながら追いかけられていたみたいです。

2人はもともと知り合いでもなんでもなくて、その日たまたまAさんの車の後ろを藤村容疑者の車が走っていただけのようです。口論になった際には、藤村容疑者が『失うものはねえんだー』みたいなことを怒鳴っていました。Aさんはこの事件で3週間の入院になっています。いつも通り仕事を終えて家に帰ろうとしていただけなのに、本当にかわいそうですよ」

事件当日の午後には、藤村容疑者が暮らす長南町の自宅周辺に複数のパトカーと警察官が集まっていた。当時の様子を目撃した男性が振り返る。

「路上に覆面パトカーが停まっていて、ビデオカメラのようなものを構えた人を含めて、警察官が8人くらいいました。その後もパトカーが4、5台やってきて、最終的には20人近くの警察官がいたと思います。このとき黒い軽自動車もレッカーで運ばれていきました」

藤村容疑者は地元の小中学校を卒業後、一度地元を離れ、20歳ごろに再び長南町へ戻ってきたという。一家を知る近隣住民はこう話す。

「拓海くんは一人っ子。背はそんなに高くなくて、170センチもなかったんじゃないかな。横幅があって、がっしりした体格でした。

今はおじいちゃん、おばあちゃんと3人で母屋に暮らしていて、お母さんと叔父さんがその隣にある建物で暮らしていたと思います。ご家族は近所付き合いが活発なほうではなく、普段から顔を合わせて話す機会もほとんどありませんでした」

藤村容疑者の自宅(撮影/集英社オンライン)
藤村容疑者の自宅(撮影/集英社オンライン)

地元に戻ってからは、千葉県内のサービスエリアで働いていた時期もあったという。

「2~3年で辞めたと聞いています。警察がレッカーで運んでいった黒い軽自動車は、普段から拓海くんが乗っていた車です。運転している姿も見かけていましたが、荒い運転をするような印象はありませんでした。だから事件を知ったときは、『え? あの物静かな子が?』と思いましたよ」(同)