「なぜ人を斬り、牢屋に入ったのか」平賀源内の最期に残る謎
すでに連載でも描かれる本草学は、源内を語るに重要な要素である。そうした偶然が必然でもあり、天啓でもあり? 山形から上京した学生時代から欠かさぬ古書店通いが創作のきっかけとして、常にインスピレーションの源となっているそう。
「ずばり偶然、ですがそういう出会いって大きいですよね。資料を集めるのが一番大変ですが、どんな街に行ってもまずは古本屋に入る。ただ、最初の『雷電本紀』から意識的に選んでるわけじゃなく、偶然読んだ新聞や雑誌の記事などのきっかけがあってなんとなくそれが残ってて、これいけそうかな、みたいな感じですよ」
その引っ掛かりがテーマそのものに繋がり、この人物、題材を掘り下げたい、背景となるドラマを自ら追求したいという創作意欲や使命感に?
「まず、それまで出ていたものを読むとこれ何か違うのでは、そうじゃないんじゃ…って。どんな大作家であっても、この話は嘘くさいなっていうのがあるんですね。
そこから、このたび没後200年を踏まえて、集英社文庫で復刊して頂いた『雷電本紀』の主人公、雷電為右衛門でも、お百姓さんのひとり息子が、なんで相撲取りになったの?とか。“鳥人”幸吉(『始祖鳥記』)でも新田次郎さんが書いてたのがあって、こういう話じゃないだろうという直感がまずあって、調べ始めると何か開けてゆくというか…」
そこで古書や資料を求めて、自ら足を運び書店はもとより国会図書館から寺社まで取材も。その思わぬ出会い、発見が「やっぱり楽しいですよね」と嬉々として笑う。今回の主人公・平賀源内においても当然、巡りあわせで掻き立てられるものが。
「最期、やっぱり妙な死に方ですよね。なんで彼が人を斬って殺して、牢屋に入らなきゃならなかったか。これは何かあるなって。おそらくロシア貿易、当時はエゾガシマと呼んでいた北海道の開発をはじめ樺太、千島も含めて国益に資するのを知ってたはずなんで。
素浪人、脱藩浪人だった彼はナショナリストの走りで、いわゆる国益を考えてきた人ですから。そこに葛藤だったり、何か相当な権力との裏の関わりがあったんじゃないかと」













