「源内がいなければ北斎も広重もいなかったかもしれない」
俄然、歴史ミステリーとしての興味もそそられるわけだが、源内といえばそもそも奇人変人、異才の万能人として名を馳せた捉えどころのない不思議キャラ。その本質に迫るのが今作の魅力だ。
「エレキテルとか夏の土用の丑の日には鰻とか、どうでもいいことばかり知られて、それだけでもすごいといえばすごい人なんですが(笑)。『風来六部集』などの小説でもラップなのかパンクロックなのかという、すさまじい才人ですし。
あとはひとヤマ当てようとした山師だとか、他人の財産を食いつぶしたサギ師だとか、当時その辺にいっぱいあった若衆宿で遊んでいたとか、スキャンダルめいた話ばかりですよね。
でも、そうじゃないだろうと。一番肝心な本命は、本草学から博物学、物産学なんですよ。要するに、“国を富ませ民を救済する”という発想でずっと彼はやってきたんです」
国を富ませることによって万民を救うーー新井白石による『国益』という政策思想を信奉し、当時の物産展といえる本邦初の薬品会の開催に尽力した源内。
連載で早くも描かれるその時代、彼にとって「最も輝いた日々」だったのでは? というのも意外な衝撃だ。
「矛盾のなかった時代が一番いいんですよね。ところが彼は思うにまかせず、自暴自棄になったり、憤激したとされてる。ただ、本当にそうだったかというと案外、冷静にロシア貿易や北海道の開発、未知のカラフトとの物産開発に賭けてたんじゃないかと。
だけど、だんだん生活に困窮して戯作なんかはお金のためにやってたと思いますし。その辺よくわからないことがあって、また面白いといえば面白いんですが」
その不可解な生涯とともに、どの作品にも貫かれる視座ーー権力を持つ者たちの身勝手さや横暴、それに翻弄され苛まれる庶民の苦悩と葛藤も根底に描かれるはずだ。今この現代にこそ繰り返され、シンクロするテーマでもある。
「私らの世代、戦後のにおいのする時代生まれの人間はわかんないですよね。選挙結果とか何か違うんじゃないか、国旗損壊罪なんて聞いても表現の自由への圧迫だし、政権批判を封じるものだって思いがします。精神の自由を奪う法律を作る政権をなんで支持できるのか?っていう」
だからこそ、権力に抗い、真に民の生活を豊かにするべく足掻く人物を主眼とするその作品が“ハズレなく”、読者の支持を得ているのでは?
「だったらいいですけどね。ただ、どのくらいの人が読んでくれているのか、私が書くことに何か意味があるのかと思ったりもします。それでも、とにかくなんとかしたい、これを書き切りたいというところですか」
それこそ自身に与えられた天命のような、使命感を覚えるほどなのかと。
「まぁ、それでテーマが大きすぎるといえば大きすぎるんですけど(笑)。でも平賀源内って、やっぱりとんでもない天才であったことは間違いない。あの時代にこんなことやれたの?っていう、重要な仕事をプロデュースしてますから。
ゴッホをはじめヨーロッパの後期印象派の画家に影響を与えたのは日本の浮世絵で、北斎でも広重でも、司馬江漢から西洋画法を間接的に学んでいるわけで、その江漢は小田野直武から学んでいる。
小田野の画才を見抜いて、秋田の角館から江戸へ出させるよう佐竹の殿様(曙山)に進言したのも源内です。源内がいなければ、司馬江漢はいなかったし、広重も北斎もいなかったかもしれない」
それを描き切るには、今作もべらぼうな労力をかけての長期連載になりそうだ。
「今は、とにかく生誕300年までには出さないとっていうのが一番ですね。再来年くらい…そこを意識して頑張りたいと思います」
また大長編の鈍器本になること必至?だが、その世界を連載で楽しみに追い続けられるというのも幸甚。集英社の文芸ステーションではすでに第4回まで更新され、無料公開中だ。平賀源内の歩みをともに並走し、続きが待ち遠しくなること請け負いである!
撮影/五十嵐和博
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