「一人では絶対に続けられなかった」
透析中にはネタを考え、スマートフォンにメモする。家では文章を書き、音楽を作る。「家でできる仕事」を増やしながら、それでも「お笑いのライブだけは、やっぱり現場に行かないと難しいですね(笑)」と話した。
病気そのものさえ、義太夫さんにとっては語るべき題材になった。糖尿病や人工透析について講演し、著書を出し、ブログやSNSでも自身の日常を発信した。病を美談に変えるのではなく、食事、水分、体重、仕事の制約といった現実を、時に自嘲を交えながら伝え続けた。
生前のインタビューの最後、長く透析を続けられた理由を尋ねると、義太夫さんは「やっぱり周りの支えですね」と答えている。
透析室のスタッフ、仕事仲間。そして、自分の体と折り合いをつけながら毎日を続けていくこと。
「一人では絶対に続けられなかったと思います」
テレビが最も派手だった時代に、たけし軍団の一員として笑いの渦中にいた男は、その後の人生でも、病気に自分の肩書きを奪わせなかった。
ギターを弾き、ネタを考え、舞台に立ち、病について語る。
グレート義太夫さんは最後まで、自分にできる方法で人前に立ち続けた。その足跡と笑いは、これからも多くの人の記憶に残り続けるだろう。
心よりご冥福をお祈りします。
取材・文/集英社オンライン編集部













