「お金が減ることより、増えない恐怖」ともう一つの誤算

退職後、西野さんは派手な買い物をしたわけではない。もともと浪費するタイプでもなく、生活水準も会社員時代から大きく変えなかったという。

また、西野さんは35歳のときに結婚した同い年の妻と二人暮らし。子どもはいないため、教育費など大きな出費はないが、それでも預金残高は少しずつ減った。

「会社員のころは、カードの引き落としで30万円出ても、そのあと給料日が来るじゃないですか。でも辞めると、それがない。20万円使えば、本当に20万円減ったままなんです。給料って、金額だけじゃなくて『また入ってくる』という安心感だったんだと辞めてから気づきました。
妻はまだ会社勤めしていますが、うちの家計は完全に別財布なので、妻が働いているという安心感はまったくありません」

退職当初は数千万円あることに安心していたのに、残高が一定のラインを下回るたび、「あと何年もつのか」と考えるようになったという。

もう一つの誤算は、時間だった。

西野さんは退職時、「半年くらい休んでも問題ない」と考えていた。ところが半年が過ぎても、急いで働く気にはならなかった。

「2500万円があるから、『来月から働かなきゃ』とはならないんです。コーヒーが好きなので、少し休んだらスタバとかドトールとか喫茶店でバイトしようかな、いい条件のお店があったら応募しようかな、くらいで。そのうち1年、2年と経っていました」

56歳、57歳と年齢を重ねるにつれ、その後も求人を見ることはあったが、応募まで踏み切れない時期が続いた。

「55歳のころは『まだ55歳』と思っていました。58歳になると、60歳がすぐそこに見える。同じ1年でも、50代後半の1年ってこんなに重いのかと思いました」

ただし、西野さんは早期退職そのものを「失敗だった」と言い切ることにはためらいがあるという。

「会社を辞めて楽になったのは事実です。あのまま働いていたら、別の後悔をしていたかもしれない。それはわかりません」

それでも、55歳の自分に一つだけ伝えられるなら、こう言うという。

「『2500万円もらえる』だけで計算するな、と言いたいですね。辞めることで、これから入ってくるはずだったお金もなくなる。その両方を並べてから決めろ、と」

退職金2500万円という数字だけを見れば、大きな金額に映る。

しかし早期退職を考えるとき、本当に比較すべきなのは「退職金をいくらもらえるか」だけではない。会社に残った場合に得られる給与、退職後に得られる収入、そして無収入の期間をどこまで許容できるのか。

西野さんが58歳になって気づいた“最大の誤算”は、2500万円が少なかったことではない。

2500万円という大きな数字に目を奪われ、その代わりに何を手放すのかを十分に考えていなかったことだった。

※写真はイメージです
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取材・文/集英社オンライン編集部