映像ではなく本を執筆した理由
――ヤン監督も絶賛した構成とフェアネスな書き方についてですが、インタビュアーとして言葉を引き出す上で、その言葉の吟味、構成について意識されたことはありますか?
石丸 僕は映像取材が長く、帰国者をテーマにドキュメンタリー番組やテレビのニュース特集を何本も作ってきました。
ただ、テレビではどうしても、撮影が可能な限られた人たちの体験と、写真や手紙などの資料が中心になります。ヒューマンドキュメンタリーも制作しましたが、帰国者が北朝鮮でどう生きてきたのかという、帰国事業研究と報道で一番欠落した部分を埋めるためには、映像ではなく本しかないだろうと考えました。
在日の16%が帰国した大事業なのに、北朝鮮でどう生きたのかという肝心の部分が空白になっている。17年から50人をインタビューするプロジェクトの構想を立てて18年からインタビューを始めました。
本の構成は最初から時代順に書かないと絶対ダメと決めていました。50人の証言を人別に並記しても理解が深まらないからです。
北朝鮮も変化する社会だし、帰国者も右往左往しながらも定着していったはずです。学校に通い、職に就き、子どもを産み育てるという年齢を重ねるごとの暮らしが当たり前にあったはずです。
なぜ帰国に至ったのかという経緯から始め、清津に着いた時、金日成の個人独裁化が深まるに連れて、どういう社会変化があったのか。そして脱北に至るまでの経緯を、時間の流れの中で編み上げていくと決めていました。
――私も関わった書籍『在日一世・二世の記憶』シリーズでの反省として、まさにそれが欠落していました。とにかくまずは量を聞こうということで時間の流れを意識しなかった。
石丸 まさにあの本が参考になりました。貴重な証言を記録したとても重要な労作に違いありません。ただ、脱北帰国者の場合は聞き取り可能な分母の数が圧倒的に少ない上、北朝鮮という死角だらけで情報の限られた社会の生活史を綴ろうということですから、人別の証言集は不向きだと考えました。
――量を担保しながら、時代の流れに沿った構成にすることで、ヤン監督の言うように読みやすい本になったのだと思います。また、多くのテレビドキュメンタリーに見受けられるように、エモーショナルな技法を使おうと思えばいくらでもできたにもかかわらず、そうでないところにストイックさを感じました。
石丸 帰国者について、様々な書き方をしたいという想いはありますが、今回のノンフィクションについては、聞き手、書き手の登場は最小限に抑えることも決めていました。
僕個人の感想や感情は記録集には重要ではないし、その分、証言を入れないとページがもったいない。帰国者の体験をできるだけたくさん編むことに徹したいと思いました。参考にしたのは「新聞と戦争」(朝日新聞出版)です。















