松井さんは読者にも自分にも真摯
松井 私は自分のエッセイにも書いたのですが、「死んだら自分の日記は誰にも見せてくれるな」と思ってるタイプなんですよ。
古賀 書いてありましたね。なにか、秘密のことを書いてるってことですもんね。それは、自分の中にあった思いを出すという意味での。
松井 そうなんです。その中からつまんで、書けるものをエッセイに仕上げているみたいな感じだったので、全部作品として日記を書いているというのはあまりにもかっこいいなと。
古賀 私の場合は、書きたいこと、載せたいことだけを書いてるわけです。書き表して発表したいまで言うとちょっと大袈裟かもしれないけれど、書いて残したいというモチベーションで書いてるんです。
だから、自分だけが読むということがまず前提にないんですよね。私はあんまりもやもやしたことを紙に書いて外に出すみたいなことをしたことがなくて、それができるのを羨ましくも思っているんです。
自分だけの日記も書いてみたいけど、書いて発表したいことだけしか書けない。それもちょっとどうかとは思うんです。
松井 いえ、かっこよすぎて、今震えました。人に見せるのって緊張感があるじゃないですか。やっぱりそれがいいんだろうなとも思うんです。常に、筋トレじゃないですけど、書くことに対して自分からアプローチしているというのがかっこいいなと思います。
私自身は、日記の中にまず自分の考えを全部書き連ねちゃう。たとえどんなにひどいことを書いていても、発表しなければそれを誰にも否定されないから、安心して書けるんですよね。
でも、人に向けて発表するものって、「こういうことを書いたら変なふうに思われるかな」とか「間違って伝わったらどうしよう」というのがずっとぐるぐるしてしまう。それをそぎ落とすために、一回紙に書いて整理するというのが必要なんです。
古賀 松井さんの書かれている文章は、なにか恐れのようなものを一回取り払うプロセスを経ているのがわかります。自分に嘘をつかないようにしようとか、思っていることをダイレクトに書こうという訓練ができてる人の書きぶりだと思いました。なので、お話を聞いてなるほど、と思いました。偉そうですみません。
松井 いえ、うれしいです。すごく見抜かれている。
古賀 いやいや。でも、今ちょっと腑に落ちました。すごく素直というか、あんまり読者に気を遣い過ぎないようにというのも意識されている気がするんですよね。どう読まれるかを考え過ぎるのもよくないじゃないですか。
自分の表現をブロックし過ぎるというのは、ちょっと読者に対して真摯ではないですよね。松井さんは読者に対して真摯だし、自分にも真摯。一回自分で、誰の目にも触れない文を書く。それによって書き慣れることってありますよね。だから、それも書くためのトレーニングをしているということなんだなと今気がつきました。
松井 うれしいです。そう言っていただけてありがたいです。
構成=ホーム社文芸図書編集部/撮影=山本さちこ
松井さんスタイリング=乾千恵/ヘア&メイク=菅井彩佳














