「看板役者がいない」上野の街がパンダを呼び戻した理由

当時のことを約1100の店舗を束ねる上野観光連盟で会長を務めていた二木(ふたつぎ)忠男さん(現名誉会長)がこう振り返る。

「リンリンが亡くなって上野の景気が悪くなった、なんか活気がなくなったんですね。それで『パンダがいないせいじゃないか』ってことになった。大相撲で大関以下はいるけど横綱はいない、看板役者がいないような状態だったからパンダを呼ぼうというキャンペーンをやったんです。

ランラン、カンカンが来てからの経験で、パンダが来る時と生まれる時はフィーバーになって大変な経済波及効果があることは分かっていました」(二木さん、以下同)

二木忠男さん(撮影/集英社オンライン)
二木忠男さん(撮影/集英社オンライン)
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地元の小学校の児童に「パンダを呼んで」という寄せ書きを書いてもらったり、リース料を払う東京都に働きかけたりし、当時の石原慎太郎都知事がパンダ導入に賛同。

ついに2011年2月、中国から約3年ぶりにリーリー(オス)とシンシン(メス)のカップルが貸与される。すると動物園入園者は2011年度は約470万人に急回復。街ではパンダグッズが売れたが、それだけではない。

「おじいちゃん、おばあちゃんが孫と遊びたい時に『パンダを見に行こう』って言えるんですね。キリンでもゾウでもない。それがパンダの神髄。そうなると孫のお父さんもお母さんも一緒に上野に出てきて、パンダを見て一家で食事をする。上野はファミリー対応がよくできてるんですよ。それこそが経済波及効果です」

こうして息を吹き返した上野動物園と上野の街だったが、そこへ至るには「かなりヤバい、ほんとにギリギリ」な状態だったという。

「石原知事は中国嫌いで、パンダの意味もよくわからなかったみたいで、お願いに行って経済効果があると説明しても最初、『上野だけそんなことやる必要ねえじゃねえか』って言われたんです。石原さんが“ノー”って言ってたら、その時点でもうパンダは終わってたんです」

#2に続く

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班