町のシンボルの鳥居がポッキリと折れてしまった
近くの「貝洲加藤神社」では大きな鳥居が根元から折れて片側一車線の道路をふさぐように倒れ、重機で撤去作業をしているところだった。その様子を悲しげに見守っている女性に声をかけると、第四代宮司の廣松泰子さんだった。
「神社の創建は204年前の1822年で、倒れた鳥居は百周年記念で大正10年(1921年)に建てられました。鳥居の先の道は、戦前は参道でしたが今は生活道路になっています。私にとっては小学校入ってからは毎日通っていた道だし、ここに鳥居があるのが当たり前だったので、こんな風に折れた姿を目にするとショックというか言葉では言い表せないですね。
他にも神社の灯篭が倒れたり、石垣が崩れたりしましたが、本殿は損壊はありませんでした。10年前の熊本地震の時より今回の方が震源が近いと言われていますし、やはり体感としても今回の方がすごい揺れだったと思います」
廣松宮司は地震発生時には作務所で夕飯の準備をしていたため、鳥居が倒れる瞬間は見ていない。
「揺れが収まったあとに、氏子さんたちから『鳥居が倒れてる』『音がすごかった』と教えてもらって、それで急いで鳥居の方を見に行ったんです。最初は『え? まさか?』って驚きました。10年前の熊本地震の時もまったく問題なかったので……。
しばらくは頭の中が真っ白になりましたが、とにもかくにも鳥居が倒れたことでどなたもケガをすることがなかったのが一番です。町の方たちもみなさん心配してくださり、鳥居を町のシンボルのように思ってくれていた方が多かったので嬉しく思いました。それだけに今こうして撤去されている鳥居を見ていると『なくなるんだなあ』と寂しく思う気持ちもあります」
復興が進めば、いずれ鳥居の再建という話も持ち上がるのだろうか。
「鳥居を建て直したいという気持ちはありますが、現実的には難しいでしょうね。この鳥居は大正時代の金額で6000円で建てられたという記録があります。当時は家一軒建てるのに2000円と言われた時代なので、家3軒分の価格です。今の金額に直すとかなりの高額だと思います。そういった部分でも現実的に再建は難しい。やっぱりみなさんが『鳥居はあった方がいいよね』というお気持ちになられたら、また話は違うんでしょうけど」
地域に暮らす人々が何世代にもわたって日々何気なく通り抜け、百年以上も思い出を紡いできたシンボルが、再び立ち上がる日は来るのだろうか。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班













