当事者性を乗り越えるための思想

逢坂 『令和反逆六法』の六つのアイデアはすぐに思いついたんですか。

新川 編集者さんに毎回お題をもらいました。メタバースとかアニマルライツとか、いただいたお題の周辺を調べて、法律をつくるとしたらこういう立て方だろうと考えるところから始めました。法律はただではできないと言うか、その法律をつくろうとした誰かがいるはずなんです。そして、その法律が成立し得るのはどういう社会なのか、所管省庁はどこか、内閣立法か議員立法か、立法するときにどういう反対意見があったのか、などなど、小説には書いていない部分まで自分なりに詰めました。その上で、この世界にどういうキャラクター、ストーリーを走らせると面白いのかなと考えていきました。

逢坂 手間がかかっていますね。大変じゃなかったですか。

新川 楽しかったですね。私、もともと短篇を読むのも書くのも好きでデビュー前から書いていたんです。だからさっき逢坂さんが短篇執筆に苦労されたと聞いて驚いたんです。デビュー前に短篇は書いてなかったんですか。

逢坂 僕は長篇を書きたいほうなんですよ。「目覚めよ、眠れ」も、もともとは長篇でやりたかったアイデアでした。ただ、これはちょっと長篇にならないなと頭の中でお蔵入りしていたんです。でもいざ書こうと考え始めたら長くなってしまって、バッサバッサ切ってようやくあの形に仕上がりました。本当は、眠らない技術を軍隊が開発した話とか、書きたいと思っていた台詞や場面もだいぶ切りました。

新川 たしかに世界観は短篇にはもったいないぐらい大きいお話ですよね。長篇にするかなと思っていたというのは納得がいきます。

逢坂 短篇に書いたものを後で長篇に、というやり方もあるので、もしかするといずれ今度は長篇として書くかもしれません。

新川 話は変わりますけど、『同志少女よ、敵を撃て』を読んですごいと思ったのは、逢坂さんが当事者性から自由に書いていることです。ソ連の女性狙撃兵が主人公でフェミニズム小説でもある作品なので、男性作家は書きづらいと思います。しかも第二次世界大戦の独ソ戦の話だから、時代も背景も違う。当事者性をどうやって乗り越えたのでしょうか。

逢坂 それはよく聞かれますね。女性が書いたと思われることも多くて、高校生直木賞に選んでもらったとき、選考会場にいる高校生たちに激励の言葉をお願いしますと言われて、電話でいろいろ話したら「男性だったんですね」と感想を言う高校生たちがいた(笑)。

 方々で言っていることではあるんですが、『同志少女よ、敵を撃て』を男性の視点で書くとフェティシズムになってしまう。若い女性が銃を持って戦うことが男性目線だとフェティッシュな対象なんです。それだけは避けなかったので、戦争とジェンダーというテーマを前面に押し出して、女性主人公で書き切ろうというのが目標でした。そうなればフェミニズム小説になるのは当然で、なるべくしてああなったんです。でもたしかに男性の自分が、戦争とジェンダーというテーマで女性が主人公の小説を書けるのかという不安はありました。

 でも「男性だからフェミニズム小説は書けません」と言ってしまったら、それは戦争とジェンダーというテーマに対しての後退ですよね。「いや、書けます」と。じゃあ、どうやって書こうか。そのときに浮かんだのが、女性も男性も内面はそんなに変わらないんじゃないかという仮定です。つまり、女性の悩みは、女性特有の内面に起因しているんじゃなくて、女性が置かれた環境に起因しているのではないか。環境にギャップがあるからジェンダーギャップもあるんだよねと。そう考えたらだいぶ考えが整理できました。

 社会において女性が直面する理不尽さは、内面に普遍性があるにもかかわらず平等に扱われない実情に起因している。そう考えたら僕にも女性主人公の内面が書けるはずだと思ったし、実際に『同志少女よ、敵を撃て』は戦争小説としては珍しく大勢の女性読者に読んでもらっています。高校生直木賞のときも女子の票がすごく集まったそうです。

新川 私も、男性だから女性の話が書けないとか、女性だから男性の話が書けないというのは嘘だと思っています。作家なら当然書けるでしょうと思うんですね。じゃあ、なぜ逢坂さんに質問したかというと、逢坂さんのように自分の属性とまったく違う小説でデビューすると、おのずから自分と違う属性の人物を書けることの証明になるから、羨ましいなと思ったからなんです。

 私のデビュー作は自分の属性に近い女性弁護士が主人公だったので、作者がモデルじゃないかとか、どこまで実話ですかとかと言われてすごく嫌だったんです。その点、『令和反逆六法』は男性主人公の話もあって、書いていて楽しかったですね。逢坂さんと同じで、私も性別による内面の違いよりも、むしろ個人差のほうが大きいと思っているので、キャラクターの性格をよく考えれば性別関係なく書けると思っています。

逢坂 YouTubeに上がっていた新川さんのインタビュー動画をいくつか見ました。デビュー前はファンタジーを書いていて、もともと遠い世界のものが書きたかったそうですね。でも最初は身近な法曹の世界のほうが書きやすいから『元彼の遺言状』でデビューした。これからはそこから徐々に遠ざかっていきたいとおっしゃっていました。そうすると、今回の『令和反逆六法』は法律という身近な素材を使いつつ、SFという遠いジャンルに挑戦されているわけです。とくに「シレーナの大冒険」はかなり遠いところまで行きましたよね。

 だから、『元彼の遺言状』のシリーズがホップステップジャンプのホップだったとしたら、ここで今、ドーンとステップを踏み切ったのかなと。新川さんは次にジャンプしてどこに行くのかなど思いました。SFなのかファンタジーなのかは分からないけど。そういう意味ですごく大きなステップですよね。

新川 ありがとうございます。逢坂さん、めっちゃ優しいですね(笑)。

「フィクションを介し現実を描く試み」新川帆立×逢坂冬馬_5

作家性に向けて書いた「接待麻雀士」

――「近い」ところの話に戻して恐縮なんですが、新川さんの経歴に元プロ麻雀士とあるのが気になっていた読者は多いと思います。今回、「接待麻雀士」という短篇で麻雀を題材にされています。認知症予防を建前に賭け麻雀が合法化された世界で、接待麻雀を仕事にする女性が卓を囲んで勝負する話です。逢坂さん、読まれてどうでしたか。

逢坂 僕は麻雀ってパソコンでしかやったことないんですよ。ルールは簡単なんだけど、何回やっても役が覚えられない。だから「接待麻雀士」も正直言って細かいところまではよく分からないんですが、麻雀という題材そのものが面白いですよね。麻雀漫画を読んでいても思うことなんですが、麻雀って「この人は何を目指して戦っているのか」を描ける数少ないゲームだと思うんです。高い点を目指してリスクを冒していくのか、それとも計算高く小さい役でも上がっていくのか。勝利条件は何なのかが常に揺らいでいて、参加者それぞれが勝利を目指しているんだけれど、目指している勝利の次元が全然違うことがある。そしてそのことにゲーム終了後に気づかされたりする。

新川 そうなんですよ。私は阿佐田哲也さんの『麻雀放浪記』が大好きなんですけど、あれって麻雀が分からなくても面白く読めますよね。麻雀が分かる人が読んだらより面白いんですけど。でも、戦争小説もそうだと思うんですよ。私は軍事に詳しくないので、細かい戦局とか銃や武器がどういうものかはよく分からないんです。でも『同志少女よ、敵を撃て』は面白い。「接待麻雀士」は実際にできるイカサマ術を自分なりに考えて、実現可能な形で書きました。接待麻雀をする人は参考にしてもらうといいかなと思います(笑)。実行するにはかなり練習しないとですが。

逢坂 「接待麻雀士」は勝敗論の話だと思いましたね。その人が固執している勝利とは何か。目の前の勝利か大局的勝利か。主人公が目指している勝利が問われている。

新川 実は「接待麻雀士」は自分の作家性に向けて書いたものなんです。「接待麻雀士」の主人公は麻雀を打てればいいという人で、ほかのことにはまったく興味がない。それでいいのかという。

 私も小説を書くのが好きなので、何でも書きたいんです。書くのは楽しいし、もっとうまくなりたい、面白い小説を書きたいという気持ちは常にあります。でも「あなたは作家として何をしたいの?」と聞かれると答えられない。小説を書くという、いわば芸事にだけいそしむ人生でいいのだろうか──みたいな気持ちで書いたんです。逢坂さんは作家として何をしたいかっていう目標はありますか。

逢坂 ない(笑)。それは断言できます。コンスタントに書き続ければ、それがイコールゴールだから。というか作家としてのゴールはないと思いますね。

新川 作家は書き続ければいいというのはもちろんそうなんですが、そう思うことで視野狭窄(しやきょうさく)になってしまうんじゃないかという不安もあって。生活の中ですべての判断軸が、これは小説に書ける/書けないになってしまって、人生のすべてが小説に飲み込まれてしまうような気がするんですよ。それってどうなんだろう。それが人間らしい暮らしだろうか。もう広く言えば、社会の構成員としてどうなのか、という若干の悩みがあるんです。

逢坂 新川さんは人生を真面目に考えているんですね。こう言うと語弊があるかもしれないですが、僕は自分の生活を向上させたいという欲求がないんですよ。

 新川さんを見ていて思うのは、ものすごくタフだということ。僕が二作目で四苦八苦しているのに、どんどん新作を出している。「何なの、この人は」と思ってます(笑)。推協フェスでお会いしたときに「今、累計で何冊出しているんですか」と聞いたら「六冊です」って返されて「六冊?」って思わず聞き返したんだけど、やっぱりそこは尊敬するんですよ。

新川 あんまりたくさん書かないほうがいいと言われることもありますよ。書き過ぎると読者がついてこないし、埋没しちゃうから。自分の作品が自分の作品に埋もれるという謎の現象が起きるらしく。でも書いてしまいますね。

逢坂 断然書いたほうがいいです。僕の場合は「次回作はどうですか」って本当によく言われるんですよ。「書ければ書いてるよ」って内心思ってる(笑)。でも、それは作家のスタイルによると思うんです。僕は自分の作品が自分の作品に埋没するなんてことは夢にも思ってなくて、むしろ忘れ去られることが一番の恐怖です。まだ刊行点数一点だから。

新川 私は忘れられる不安よりも、飽きられる不安ですね。

逢坂 でも、不本意なものを書かされるということさえなければ、多作であるということはすばらしいことだと思います。目指すべき作家像みたいなものは、後から誰かが言ってくれるんじゃないんでしょうか。僕はとにかく今、なんとか早い段階で二作目を出す。それもなるべく優れた小説を。その結果をどういうふうに読者の方が評価してくれるかだと思っています。

プロットからキャラクターが脱線

新川 逢坂さんはインタビューで、プロットをしっかり立てられるタイプだとおっしゃっていましたよね。どんなふうに立ててるんですか。というのは私、プロット立てられない人間なんです。プロットを立てられる人に、どうやって立てているかを聞いて回っているんですけど、もしよかったら教えてください。

逢坂 プロットを立てる前に、企画趣旨みたいな、演説みたいな文章を書いたりします。それは誰にも見せませんけど。それから、こういうことがあってこういうことが終わる、こういう趣旨の話だという、粗いあらすじみたいなものを立てます。その後に頭からもう一回考え直していきます。一から十まで物語をつくって、後は本文を書くだけという状態で書き始めます。

 プロットをどう書くか、という質問からは脱線しますけど、本文に入ると、不思議なもので絶対にプロット通りにいかないんです。必ずどこかで脱線が起き始めるんですが、そのときの脱線って大抵は筆が乗っている証拠です。キャラクターが自立しているかのごとく予定外の行動を始めて、自分なりの価値観を持ち始める。あるいは、書いていくうちに予定していなかったテーマが見えてくる。そういうときには、脱線したがっている方向に行くほうがだいたい正しい。一回脱線させてから修正して、もう一回修正して、こうすれば辻褄が合うなと。だから、連載はまだ書けないですね。書ける技量はないと思います。

新川 途中でキャラクターが変わってしまったりしませんか。

逢坂 しますね。その場合は変えます。そうなったときが、物語のためのキャラクターから、小説の登場人物になっていくという感じがあるんです。「あれ、本当に生きているわ、この人」という感じですね。笑うはずの人が泣き始めたり、右に行くはずが左に行き始める。なぜそうなるかというと、書いていくうちにその人の人物像が見えてくるからだと思います。「予定ではこうだけど、この人はこっちに行かないんじゃないか」みたいなことをふと感じる。そのときは、書いているときのリアリティというか、独り立ちし始めた人物像の決断を優先します。

新川 よく分かります。私、このキャラクターに謎解きをさせるつもりだったけど、謎解きのほうに行ってくれなくて、いつまでも謎が解かれないというようなことがあるので。今のお話に激しく頷いてしまいました。

――最後に若手作家の最前線にいるお二人に、作家としての信条をうかがいたいと思います。

逢坂 僕は会社員をしながら書いてきて、小説家になれなかった時間が長かったんです。何の得にもならないものを十数年書いてきて、なぜかと言えば、やっぱり楽しかったからなんですよね。だからまずは自分が楽しむことです。もちろんエンターテイメント作品として人に楽しんでもらいたいという気持ちはありますが、まずは書いている自分が楽しくないとどうにもならないですから。

 ではなぜ小説を書くのが楽しいかというと、世の中に対して思うところが常にあるから。でもそれを出力する方法は限られていて、僕の場合はそれが小説だったわけです。人によっては音楽なのかもしれないし、絵画なのかもしれません。

新川 私も基本的には書くのが楽しくて書いていますね。とくに今回の『令和反逆六法』は書いていて本当に楽しかったし、手応えがありました。ミステリではないのでこれまでの作品と違う、と思う方もいるかもしれません。でも、もともとはSFやファンタジーを書きたかったので、こっちがむしろ”素”の私なんです。この作品で変化したというよりも、やっと素の自分をお見せできる機会がいただけた。今、そんな喜びを感じています。

「小説すばる」2023年3月号転載

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