飯塚のスマホに突然、見慣れない番号から着信が入ったのは、夏前のことだった。「NHKです」と聞き、「俺、なんか悪いことしたっけ? 受信料払ってるよな?」と慌てていると、夏の甲子園での解説の依頼だった。
まったく何の前触れもない、降って湧いたような話。瞬間的に、毎年の甲子園のテレビ中継で、解説者たちがマイクの前で知的に語る姿が頭に浮かんで腰が引けた。
「いやいや、僕は甲子園に縁もないし、東京六大学の出身でもないし、関東の人間だし、若くもないし……」と煮え切れない言葉を並べてみたが、「全然大丈夫です。全部クリアーです。引き受けていただけませんか」と熱心に誘われた。
関東地区から解説に呼ばれている社会人野球の先輩指導者たちが「いいヤツがいる」と推薦してくれていたという。「僕なんかでよければ」と快諾した。謙虚な言葉とは裏腹に、嬉しさで心が高揚していた。
もうひとつの甲子園ドラマ。今夏、“デビュー”を果たした雑草解説者の矜持
高校野球のテレビ解説は、プロ野球とは違い、高度な野球知識や技術論より、子供からお年寄りまでどんな視聴者層にもわかりやすく、試合に感情移入出来るような話が求められる。それだけに語る内容や口調の中にも、各解説者の人柄が出てくるものだ。解説者にも様々なドラマがある。この夏の大会から解説者デビューを果たした、飯塚智広さん(前NTT東日本監督・46歳)を追った。
NHKから突然の出演依頼

飯塚智広さん
初解説は大会5日目(8月10日)の明秀日立(茨城)-鹿児島実業戦。バックネット裏の高い位置にある放送席に座り甲子園のグラウンドを一望すると、スーッと鳥肌が立った。「あれはもう、最上級の特等席ですね」と楽しそうに言う。
飯塚は大学、社会人で優勝を経験。プロアマ合同チームとなったシドニー五輪に日本代表として出場し、現役引退後には監督としても日本一を勝ち取った。そんな華々しい球歴の中で、甲子園出場だけが抜け落ちている。二松学舎沼南高校(現・二松学舎大柏)2年生の夏、千葉県大会決勝戦で拓大紅陵に1-2で敗れた。
解説をしながら、ふと「あのとき勝っていたら、ここで試合が出来ていたんだな」という思いが胸をよぎり、少しせつなくなった。同時に「そんな場所で、まさか自分が仕事をする時が来るなんて」と感慨深かった。
「やっぱり野球は甲子園なんですよ。甲子園に出ていない人はエリートじゃないんです。だから僕は一番キャリアのない雑草解説者です」と自虐の笑顔。
だからこそ、甲子園には特別の思いがあった。一度だけ球場に入ったことがある。NTT東日本監督時代の2016年秋、大阪ドームで開催される日本選手権の試合の空き日、時間があったので、「甲子園も見たことないんじゃ優勝なんて出来っこねえよな」と、こっそり球場見学ツアーに申し込んだ。
何度も口にした「甲子園っていいところですね」
無人のスタンドに入り、バックスクリーンの横からグラウンドを垣間見た。40歳を過ぎて、初めてナマで見た甲子園。全身に鳥肌が立った。翌2017年、NTTは都市対抗で初優勝を果たす。
2021年限りで監督を退任。長く病に伏せっていた父親が、今年2月、飯塚がユニフォームを脱ぐのを見届けると、力尽きるように他界した。その後に、解説の話が来た。「親父にも見せてやりたかったな」と思い、バッグに父親の写真を入れて解説席に座った。
解説では、ともすると試合に浸ってしまう。社会人野球の都市対抗でも解説は経験しているが、まったく感覚が違う。ベテランの解説者に聞くと「甲子園も普通の球場だよ」と言われたが、「ここで野球をやれることが凄い」という気持ちが先に立つ。
試合中、「甲子園っていいところですね」と何度も口にした。敗色濃厚のチームの試合終盤の反撃にスタンドから湧き上がる拍手を聞き、「これが甲子園なんですねぇ」としみじみ言った。
「カッコつけずに心から出てくる言葉を素直に言ったつもりです。しゃべりのテクニックもないし、ボキャブラリーもそんなに豊富じゃない。自分の知っている野球を伝えただけなんです」
それでいて、走者がいる場面での外野手の打球処理や、三塁ベースコーチの心理などにも言及する飯塚の、きめ細かな解説は高評価を受けていた。
「すべて自分自身がやってきたことなので。大学で細かい野球を教わり、キャプテンをやり、社会人で引退してからはベースコーチも経験しました。それなりに広い視野で野球を観ることが出来ていると思います。
それに、こうして甲子園という晴れ舞台に出てきたチームですから、中心選手だけじゃなく、縁の下の力持ちであるベースコーチもクローズアップしてあげたいじゃないですか」
亜細亜大、内田前監督からのショートメール

2017年、都市対抗野球でNTT東日本を優勝に導く
現在は所属するNTT東日本のスポーツ推進室という部署に籍を置く。野球部から離れ、初めは何をしていいのかわからなかった。監督退任後、上司から「お前は在籍24年の中で23年も野球をしてきた。自分の強みを活かして会社に貢献しろ。何が出来るのか、自分で探せ」と言われた。
考えた末に行き着いたのは、日本のスポーツの裾野にある問題だった。今、中学や高校の部活動は指導者の不足という問題に直面している。とくにマイナー競技は深刻だ。野球でも、硬式野球は経済的に負担が大きいという理由で辞めてしまう子供がいる。そういう〝部活動難民〟を救おうというテーマでプロジェクトを立ち上げた。
NTT東日本は野球以外にもバドミントン、ボートなどもシンボルスポーツとして力を入れている。バドミントンには桃田賢斗というスター選手もいる。そこでNTTがネットワークビジネスという特性を活かして、環境に恵まれない地方の子供などを対象に、リモートでアカデミーを開講していけないか。
そんなプロジェクトの準備に多忙な毎日を過ごす中、久しぶりに自分の原点に帰れたのが甲子園の解説だった。ちなみに母校の亜細亜大OBからは初めてとなる甲子園解説者。公式発表されると、大学時代の恩師である内田俊雄前監督から突然連絡が来た。
「誇りだ。亜細亜初」
75歳の無骨な野球人から届いた不器用なショートメール。読んで涙が出た。すぐに「何よりも監督に褒めていただけたことが嬉しいです」と返信した。初解説の翌日、内田は朝6時に、飯塚と同期の井端弘和(元・巨人)に電話を掛け、「おい。見たか?」と興奮しながらあれこれ話していたという。
テレビで3試合、ラジオが2試合。担当試合を終え帰京すると、復習の意味で録画しておいた試合を観た。「ちょっと言葉が足りなかったかな」と反省もしている。担当者からは「好評だったんで、来年もスケジュールを空けておいてください」と言われている。
「僕は野球に育ててもらった人間なので、少しでも野球に恩返ししていきたい。そういう気持ちで、また呼んでいただけたら、喜んで行かせてもらうつもりです」と飯塚は笑った。
取材・文/矢崎良一 写真/共同通信社 shutterstock
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