埼玉県・所沢市の奇妙な史跡へ、小学生の肝試しノリで向かった同級生グループ

埼玉県・所沢市東端の、畑と住宅街が7:3くらいの割合で混在するのどかな街の一角に、こんもりとした森がある。
そこはかつて、“滝の城(たきのじょう)”という名の小さな城があった場所だ。

滝の城は、治承4年(1180年)に源頼朝の挙兵に応じて土豪が原型を築城。
戦国時代には武蔵国守護代・大石氏が、本拠地である八王子・滝山城の支城として整え、のちには北条氏を主として拡張された城である。
しかし天正18年(1590年)、小田原征伐のために挙兵した豊臣秀吉方の浅野長政率いる軍勢に急襲されて落城。以降は廃城となり、現在はわずかな遺構を残すのみとなっている。

などとエラそうに解説しているが、これはすべて後から調べて知ったこと。
滝の城は地元の人か城マニア、あるいはよほどの歴史好きでなければ知ることのない城跡だ。
僕自身も、長年暮らした地元である東久留米市の近くであり、また、暇な学生時代を過ごした大学のキャンパスがある所沢市内の史跡であるにもかかわらず、その存在には今回の一件に関わるまで気づかなかった。

そんなマイナーな場所を訪れた理由は、些細なものだった。
半年に一度の恒例で開催している小中学校時代の友人たちとのゴルフ大会の帰りみち、関越自動車道・所沢ICを降りた際に、車を運転していた友達が唐突にこう言い出したのである。
「この近くに、“血の出る松”っていう場所があるんだけど、行ってみる?」
そのいかにもいわくありげな恐ろしい響きに、車内にいた僕を含む男3人、女1人の同級生たちは、わぁっと盛り上がった。
「なにそれ!? 心霊スポット?」
「おもしろそう! 行こう行こう!」

52〜53歳のいい歳こいた男女4人は、まるで小学生時代の林間学校の肝試しのようなノリ
で、“血の出る松”を目指したのだ。