昔の作品でも見たことがなければ新作映画!
一周まわって新しく映った作品の数々をピックアップする「桂枝之進のクラシック映画噺」、今回は『欲望の翼』(1990)をご紹介。
主人公のヨディ(レスリー・チャン)は、香港でナイトクラブを営む養母レベッカ(レベッカ・パン)のスネをかじりながら自堕落な生活を送っている。
サッカー場で売り子をしているスー(マギー・チャン)や、レベッカの店でダンサーをしているミミ(カリーナ・ラウ)に言い寄っては、まだ見ぬ生母や心の拠り所を探しながら空虚な感情を抱える毎日。
そんなヨディが口にするのは、テネシー・ウィリアムスの「地獄のオルフェウス」に出てくる一節。
“脚のない鳥がいるらしい。
脚のない鳥は飛び続け、疲れたら風の中で眠り、
そして生涯でただ一度地面に降りる。
それが最期の時”
キザに構えるヨディだが、次第に周囲との波長も合わなくなり、生母がいるというフィリピンへ向かうが……。
映画が公開されたのは1990年だが、舞台とされているのは1960年の香港。
緑がかったノスタルジックな映像美やウィリアム・チャンによるクラシカルな美術の風格は、アート映画と評されるほど蠱惑(こわく)的な魅力がある。
現代の日本で言うところの80年代に対する懐古性のようなものなのか。当時の若者の心を掴み、レスリー・チャンの没後20年となる現在に至るまで、度々リバイバル上映が企画されている。
優しい男ではなく、どうしようもない男がモテる現実…ウォン・カーウァイ監督が『欲望の翼』で描いたファンタジーの中のリアル
本業の落語のみならず、映画や音楽など幅広いカルチャーに造詣が深い21歳の落語家・桂枝之進。自身が生まれる前に公開された2001年以前の作品を“クラシック映画”と位置づけ、Z世代の視点で新たな魅力を掘り起こす。
Z世代の落語家・桂枝之進のクラシック映画噺13
ウォン・カーウァイ監督の原点

左からレスリー・チャン演じるヨディと、マギー・チャン演じるスー
Collection Christophel/アフロ
年をとるごとに変化していくリアリティ
ヨディの日常は、部屋の中を中心に展開される。
そうこの男、「無職」なのだ。
本来世間とは懸隔している世界の人間なのだが、コロナ禍の巣ごもり生活を経験した我々にとっては、空虚で怠惰な日常もどこか共感できる部分がある。
特徴的なのは、ストーリーの中で突如差し込まれる脈絡のないインサートカットの数々。
まるで脳内記憶を編集したかような映像表現で、画の輪郭が段々とぼやけていく。
これが「ストーリーが追いにくい」といった感想が散見される要因になっているのだが、特別難しい伏線がある訳ではなく、この映画の訴える「同時性」を示唆した演出なのだと受け取ると、スムーズに感情移入できた。
表面上は主人公であるヨディを中心に進行している物語だが、ヨディと関わりを持つ人間についてもまた、孤独を抱えながら同じ時間が並行して流れているのだ。
スーに恋心を抱いた警察官のタイド(アンディ・ラウ)は、雨に濡れるスーにタクシー代を渡したり身の上話を聞いて近付こうとするが、スーはヨディのことで頭がいっぱい。
優しいだけの男よりどうしようもない男の方がモテるのは、いつの時代も変わらない“あるある”なのだと、ここでも共感してしまった。
構成や美術のファンタジーさとは裏腹に、ドキュメンタリーを見ているようなリアリティに惹きつけられる本作。
公開当時、ウォン・カーウァイ監督はラストシーンについてインタビューでこう答えたそうだ。
「中国には“桃の花は毎年いつも同じだが、花を見る人は毎年違う”という、時間についてのことわざがあります」
この映画に覚えたリアリティもまた、自分がこれから年を重ねるにつれて変わってゆくのかも知れない、と感じた。
文/桂枝之進
『欲望の翼』(1990) 阿飛正傅 上映時間:1時間40分/香港
「1960年4月16日3時1分前、君は僕といた。この1分を忘れない。君とは“1分の友達”だ。」。ヨディ(レスリー・チャン)はサッカー場の売り子スー(マギー・チャン)にそう話しかける。ふたりは恋仲となるも、ある日ヨディはスーのもとを去る。彼は実の母親を知らず、そのことが心に影を落としていた。ナイトクラブのダンサー、ミミ(カリーナ・ラウ)と一夜を過ごすヨディ。部屋を出たミミはヨディの親友サブ(ジャッキー・チュン)と出くわし、サブはひと目で彼女に恋をする。スーはヨディのことが忘れられず夜ごと彼の部屋へと足を向け、夜間巡回中の警官タイド(アンディ・ラウ)はそんな彼女に想いを寄せる。60年代の香港を舞台に、ヨディを中心に交錯する若者たちのそれぞれの運命と恋を描く。ウォン・カーウァイの監督2作目。
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