幼い頃に家族で故郷を離れて来日し、埼玉県に住むクルド人の女子高生・サーリャ。教師になることを夢見ていたが、難民申請が不認定となり、生活が一変。大学進学も働くこともできず、県境をまたいで東京の友達と自由に会うことも許されなくなる。彼女が日本にいたいと思うことは「罪」なのか……。
戦争や迫害などの理由から、国外に逃れる避難民。現在、日本にもウクライナからの入国者が増加しているが、避難民はこの国でどのような生活を送り、どんな問題に直面しているのか。それを知るきっかけを与えてくれる映画が『マイスモールランド』だ。

気鋭の新人監督が描く在日難民の今。「ショックという言葉では言い表せない現状は、悪意ではなく無関心がつくる」
日本に暮らすクルド人女子高生の「日常」を描いた映画『マイスモールランド』が5月6日から全国で順次公開される。少女の葛藤や希望を通じて、在日の難民や外国人を取り巻く現状を伝える本作がデビュー作となる川和田恵真監督に話を聞いた。


「自分の国を日本って言っていいのかな?」の問いかけ
監督は、是枝裕和監督率いる映像制作者集団「分福」に在籍する川和田恵真。是枝監督の『三度目の殺人』(2017年)や西川美和監督の『すばらしき世界』(2021年)などの現場で研鑽を積み、本作で商業映画デビューを飾る。
「私は2015年まで、クルドのこともよく知りませんでした。あるとき、銃を持ってイスラム国と戦うクルド人女性の写真を見て、驚いて。調べると、クルド人には国がない。だから自分たちの居場所は、自分たちで守らなきゃいけないんだと知りました」

インタビューに応じる川和田恵真監督
現在のトルコ、シリア、イラン、イラクにまたがる地域に住んでいたクルド人。しかし国境ができて分散し、現在は「国家を持たない世界最大の民族」と呼ばれる。
「彼らの存在から私が受け取ったのは、『自分の国って何だろう?』という問いかけです。私自身、父がイギリス人、母が日本人というミックスルーツということもあり、『自分の居場所はどこだろう?』『自分の国を日本って言っていいのかな?』と疑問を持ってきたんです。状況は違えど、そんな自分につながるものを彼らに感じて、もっとクルドのことを知りたいと思いました」
日本にも2000人近いクルド人が暮らしていることを知り、東京都北区でクルド料理店を営む男性に会いに行く。
「コミュニティにはどんな方がいて、何に困っているのかをお聞きしました。そして、『映画にして伝えたい』と言うと、『自分たちは今、日本でいないことのようになっている。知ってもらえたらうれしい』と。そこからつてをたどっていろんな家庭を訪問したら、みなさん本当に温かく迎えてくださって。『陽』の魅力を持つ彼らが好きになりました。
その一方で、彼らが非常に苦しい状況にあることを知りました。日本は難民条約に批准しているから逃れてきたのに、衣食住にも困る状態。『日本に来て、治らない病気にかかってしまったみたいだ』という言葉をあるクルドの方から聞いたときは、とてもショックを受けました」

ショックという言葉では言い表せない現実
日本の難民認定制度は、1982年に開始。しかし2021年までに認定されたのは、85479人の申請者に対して841人のみだ。平均4年がかりで難民申請を行い、不認定となってしまうと、「外国人仮放免者」となる。すると就労ビザがないため働くことも許されず、健康保険なども適用されなくなる。それでは生きていけないと内緒で働くと、入管(出入国在留管理庁)の施設に収容され、出られなくなってしまう。
「実際に家族が収容されている人たちがいて、ショックという言葉では言い表せないくらい衝撃的でした。でも、自分もそんな社会をつくっている一員。どうしてこうなってしまうんだろうと思うと同時に、入管法(出入国管理及び難民認定法)の問題点を感じました。
取材で目に焼き付いたのは、日本で育った(クルド人の)子どもたちの姿です。家事をして、弟妹の面倒も見て、日本語が話せない親戚たちに雑事を頼まれるという、ヤングケアラーの状態。大きくなって就職が決まっても、仮放免になって取り消しになったとか、行きたい大学があったけど行けなくなったとか、そんな子たちがいっぱいいました。
未来を思い描きたいのに、進みたい道ではない道を選ばなければいけない。周りの日本人と比べて、『どうして自分だけが?』と複雑だろうと思いました」

こうして約2年に渡って取材を重ねて、脚本を執筆。自身が感じてきたミックスルーツゆえのアイデンティティの揺れや、淡い恋なども盛り込んだ。
主人公サーリャのキャスティングでは、自身と同じミックスルーツを持つ人々に声を掛けて、オーディションを行った。そして選んだのは、5カ国のルーツを持ち、『ViVi』専属モデルとして活躍する嵐莉菜。また、サーリャが恋心を抱く日本人青年の聡太には、映画『MOTHER マザー』(2020年)で日本アカデミー賞新人俳優賞に輝いた奥平大兼を起用した。
「嵐さんで印象的だったのは、『自分を何人だと思いますか?』とセンシティブな質問したときに、『日本人だと言いたいけれど、言っていいのかわからない』と笑顔で答えたときの表情。複雑な感情が、今のクルドの子たちや、私にも通ずるところがあると感じました。
奥平さんは、『外国人の友達はいますか?』と質問したときに、『外国人だから、何なんですか?』という反応をされて(笑)。分け隔てのないフラットな目を持っているので、サーリャに対して『可哀想』と寄り添うのではなく、等身大でまっすぐ見つめる聡太を演じてもらえるんじゃないかと思いました」


難民が増えている今だからこそ見てほしい
撮影は、2021年5~6月に日本で敢行。仕上げ作業は、その後、2ヶ月かけてフランスで行われた。
「大事にしたのは、観客が自分事として見られるようにすることでした。そのためにキャスト、スタッフとの対話を大事にして、いろんな視点からの意見を採り入れるようにしました。ただ、私自身、言葉があいまいになってしまうこともあって……。『わからない』と直接言われなくても、顔で分かるんですよね(笑)。でも、フランス人はダイレクト。『あなたは間違ってる』と、はっきり言われたこともありました」
完成した映画は、今年2月の第72回ベルリン国際映画祭にて「アムネスティ国際映画賞」の特別表彰に輝いた。アムネスティ・インターナショナルは、世界最大の国際人権NGOだ。
「アムネスティの方から、『これはどの国でも起こっている問題。今後、もっと世界で上映できる機会をつくりたい』と言ってもらえて、うれしかったです。
その後に起きたのが、ロシアのウクライナ侵攻でした。今、日本はウクライナの方々を『避難民』として受け入れていますが、『難民』とは言っていない。『難民』と言うと、永住が前提になるからだと思うんですけど。でも、戦争はどれほど続くかわからない。日本語教育を受けたい人がきちんと受けられるようにしたり、その先の就労支援なども拡充されなければいけないと思います」


1枚のクルド人女性の写真から、構想7年でつくり上げたデビュー作。その裏には、是枝監督のさまざまなサポートがあったという。
「企画段階から関わっていただいて、脚本を何度も読んでアドバイスをくださったり、編集の途中段階でも見ていただいたり。ベルリンに出品が決まったときは、『世界に届くものになって良かったね』と言っていただきました。
見てくださる方には、この主人公や家族にどうなってほしいと思ったかという、その気持ちを忘れないで胸に持っていてほしいなと思います。そして、彼女や彼らはすぐ近くにいるので、いないことにしないでほしい。今の状況をつくっているのは、誰かの悪意ではなく、きっとみんなの無関心。この映画が、無関心から関心に変わるきっかけになればうれしいです」

取材・文/泊 貴洋
撮影/江森康之
場面写真/©2022「マイスモールランド」製作委員会
『マイスモールランド』(2022)
監督・脚本/川和田恵真
出演/嵐莉菜、奥平大兼、平泉成 ほか
配給/バンダイナムコアーツ
クルド人の家族とともに生まれた地を離れ、幼い頃から埼玉で育った17歳のサーリャ。すこし前までは同世代の日本人と変わらない、ごく普通の高校生活を送っていた。しかし在留資格を失った今、バイトすることも、進学することも、埼玉を越え、東京にいる友人に会うことさえできない。彼女が日本に居たいと望むことは“罪”なのだろうか―?
5月6日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
公式HPはこちら https://mysmallland.jp/
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