2022年3月18日、iPhoneの新製品「iPhone SE(第3世代)」が発売になった。春は新生活シーズンということもあり、特に日本では、新製品発売の多い9月・10月と並び、スマートホンがよく売れる時期になっている。
と、ここでふと気になることがある。
こんなにたくさんスマホが作られているわけだが、資源は大丈夫だろうか? コロナ禍とロシアによるウクライナへの軍事侵攻のダブルパンチで、資源物流も色々とダメージが出ている。
スマホと資源とリサイクルをめぐる状況を、俯瞰してみよう。

「リサイクルしなければ生き残れない」ーーアップルの戦略
毎日のように流れてくるデジタル関連のニュースは、少し違う角度から考察するとビジネスアイデアの宝庫である。新型iPhoneの発表から、資源問題、ロシアによる軍事侵攻へと話は広がっていく。(写真/Alexander Pohl/NurPhoto via ZUMAPress/共同通信イメージズ)
ビジネスDX発想を育てるテックコラム #1
年間約13億台出荷されるスマホの資源には「リサイクル」が必須
まずはクイズ。
1年間に全世界で生産されるiPhoneを全部積み重ねたとしたら、どのくらいの高さになるだろう?
答えは約1500km。iPhone全体の年間生産台数は未公表だが、複数の統計から判断すると、「ざっくり2億台」と考えて良さそうだ。iPhone1台の厚みが平均7.5mmだとすると、単純計算でそのくらいだ。1500kmがどのくらいの高さかというと、国際宇宙ステーション(ISS)が地上約400kmのところを飛んでいるので、その3倍以上先まで届く……というところだろうか。
世界で作られるスマホはiPhoneだけではなく、全メーカーを合わせるともっと多い。2021年の場合で年間出荷台数は「13.5億台」(調査会社IDC調べ)といわれているので、本当に全部積むと地上1万kmを超える。多くの人々は「そんなに世界中で売れているのか」「そんなに資源を使っているのか」と思うだろう。
だからこそ、メーカーはリサイクルに本気で取り組んでいるのである。世界中の人がスマホを求めている以上、そして、とてつもなく大きくなったその産業を維持して企業が成長するためにも、単に大量の資源を使いっぱなしでいるわけにはいかない。
別に「エコを謳(うた)うと企業としての印象が良くなるから」ではなく、自社のビジネスを持続し、コストを下げるには「やらざるを得ない」のだ。
まず、回収されたスマホは整備されて中古として「再利用=リユース」されたり、分解されてスマホの素材として「リサイクル」されたりする。
下取りも活用し「スマホの回収」を加速
最近は、アップルの販売サイトからiPhoneを買うとき、ページ内に「下取りに出すiPhoneをお持ちですか?」という表示が出るようになっている。アップル経由だけでなく、携帯電話事業者でも、「購入から2年後に端末を買い取る約束で購入代金を割り引く」というパターンが増えている。

アップル公式販売サイトより。iPhoneを買おうとすると「下取りに出すiPhoneをお持ちですか?」と聞かれるようになっている
これらの主目的は新製品を安く売り、契約(もしくは顧客としての関係)を継続してもらうことにあるのだが、それだけが理由ではない。「いらなくなったスマホを回収します」だけでは、なかなかスマホはうまくリユース・リサイクルに回らない。不要なスマホを積極的に引き取る仕組みを作り、スマホのリユース・リサイクルも同時に加速させる、という狙いもあるのだ。
買い取られたスマホの多くは、メーカーなどの手によって再整備され「リユース品」として出荷される。中には修理業者の手でパーツ単位に分解され、「他のスマホの修理用」に回ることもあるようだ。
さらに、壊れたものや古くなったものも含め、リユースに適さない状況になったものはメーカーに回収され、リサイクルされる。現在のIT機器では、過去の製品に使われたパーツの再利用はほぼ不可能。そのため、リサイクルでは完全にパーツを素材にまで戻して利用することになる。
中でもリサイクルに積極的に取り組んでいるのが、iPhoneを作るアップルだ。
アップルは自社で、リサイクル作業のためのロボットまで作っている。名前は「Daisy」。1時間で200台のiPhoneを分解し、パーツ単位でリサイクル素材として活用している。

アップルがiPhoneの分解・リサイクルのために開発したロボット「Daisy」(アップル提供)
現状、アップルはまだiPhoneを100%リサイクル素材だけで作れるようにはなっていない。とはいえ、ボディ素材はもちろん、内部で使われる基板のメッキや配線に使われる金、磁石に使われる希土類元素、接続に使うはんだ用のスズなど、多くの素材が「100%リサイクル」で作れるようになってきている。
リサイクルの優等生・アルミニウム
リサイクルという意味で重要なのが「アルミニウム合金」だ。iPhoneを含め、現在は多くのIT機器のボディが、アルミ合金で作られている。放熱特性が高いこと、仕上げが容易で高級感も出やすいことなどが利点だ。
アルミボディを採用したのはアップルが初めてではないが、「切削で加工され、きれいな角のアルミボディ」を大規模に採用することは、アップルから始まったと言っていいだろう。
なぜアルミ合金が使われるようになったのか? そこにはやはりリサイクルが大きく関係している。
前述のように、IT機器のボディは「アルミの切削」という手法で作られることが多い。文字通り削るのだが、すごくざっくりいえば、「製品と同じ厚さのアルミ合金の塊」をコンピュータの指示によってひたすら削り、バスタブのような美しいラインになるまで加工して作る。だから角がきれいで、精度の高いボディになるわけだ。
だがここで気になる点が一つ。大量に削るということは、大量に削りくずが出るということ。それは無駄になってしまいそうに思える。
そこで、ここからがアルミ合金のいいところだ。
アルミは比較的低い温度で溶かして再利用できるので、削りくずを集めればまた「アルミ合金の塊」になる。リサイクルから集められたアルミ素材も同様だ。アルミ缶リサイクルから質の良いアルミ合金を作るには相応の技術は必要だが、このような流れを経ることで、他の金属よりも無駄なく、質の良いボディを作りやすくなっている。
アップルの場合、すでにMacやiPad、iPhoneのボディに使われるアルミ合金の100%が、リサイクル由来のものになっているという。
アルミとロシア情勢の微妙な関係
さて、アルミの生産国といえば、どこを思い出すだろうか?
アルミニウムの原料はボーキサイトで、産出国トップ3はオーストラリア・中国・ギニア。「ボーキサイトといえばオーストラリア」と覚えている人も多いだろう。
だが、単純にアルミニウムの生産量でいうと、現在は中国が圧倒的に多く、次いでロシア・カナダとなっている。ポイントは「電力」。ボーキサイトからアルミを作るには大量の電力が必要なので、電力コストが安い国に生産が集中している。また、リサイクル・アルミはボーキサイトからの精製に比べ3%の電力で作れることから、利用量・生産量も急増。中国やロシアはその生産拠点になっている。
ロシアでのアルミ事業はプーチン政権とともに成長した。オレグ・デリパスカ氏の率いる「ルサール(ロシア・アルミニウム)」は、中国系を除くと、世界最大のアルミ生産会社。同社日本法人の情報によれば、2020年には全世界のアルミ生産量のうち、約5.8%をルサールが生産していたという。デリパスカ氏はロシア新興財閥「オリガルヒ」を代表する人物でもある。
だが、ウクライナ情勢の深刻化に伴い、日本を含む西側諸国の企業が、ロシア企業との取引を見直す動きを見せている。このことは、ルサールとデリパスカ氏にとっては大きな打撃だ。デリパスカ氏はSNSに「平和はとても重要だ」と書き込みをするなど、プーチン政権とは異なる姿勢を見せつつある。プーチン政権下で成長したとはいえ、デリパスカ氏はもともと元大統領のエリツィン氏と親しく、プーチン政権とは距離があったといわれている。自らのビジネス上の利益から考えても、今回の侵攻に批判的なのも無理はない。
アルミの需要は住宅向けや自動車向けが多く、IT機器は量的にいえば、そこまででもない。現状、ロシア情勢をめぐるアルミ需要は「大きな混乱」には至っていないが、各社の動きは無視できない。
アップルは、新製品「iPhone SE」で使うアルミニウムについて、全量をカナダ・Elysis社から調達すると2022年3月24日に発表した。理由は、同社の製造するアルミニウムが、電力調達だけでなく、精製作業過程で出る分まで含めて二酸化炭素の排出をカットしつつ、逆に酸素を排出する「ダイレクトカーボンフリーアルミニウム」だからだ。
アップルのように、さらなるリサイクルや二酸化炭素排出量削減を目指す企業は多い。そこに国単位での事情も絡むと、アルミをめぐるマーケットバランスが変わっていく可能性もありそうだ。