中学校進学に際して、全国的に見ると、公立中学に9割以上が通い、1割弱が私立や国立、公立中高一貫校に通っている。大手中学受験塾「SAPIX(サピックス)」が小学校低学年のクラスから満員状態になるなど、都市部の中学受験熱は下がる気配がないが、中学受験をして国公私立の中高一貫校に行った子と、そうではない公立中学に行った子では、実際のところ、統計的に見て何が違うと言えるのか。
公立小学校から中高一貫校へ進学した層について、小学6年時点から中学1年時点で本人の成績や学習意欲、学校生活への意識がどのように変化するのかを分析した論文「中学受験による進学が学業と学校生活に及ぼす影響──公立小学校から国私立中学・公立中高一貫校への進学による変化」の著者で、教育社会学者の森いづみ氏(上智大学 日本学術振興会特別研究員)が解説する。
中学受験した子/しなかった子、中1時点で何が違う? 専門家は受験エリート内の劣等感に警鐘
中学受験をした生徒と、していない生徒では、中学1年時点でどのような違いが出るのだろうか。中学受験による影響や変化に関する論文をまとめた専門家に話を聞いた。

写真/Photo AC
中学受験した中1は成績が落ちて勉強時間が減る?
――まずは分析の概要から教えてください。
森 東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所による、小学1年から高校3年までの約2万組の親子を対象にした継続的な追跡調査「子どもの生活と学びに関する親子調査」の2015〜2018年のデータを用いて分析(※1)を行いました。
その結果、中学受験によって進学した生徒は、学業成績、勉強時間、学習意欲に対して負の影響がある一方で、宿題時間や授業の楽しさ、学校への好感度に対しては正の影響があることがわかりました。
※1 モデルにより変数や条件を統制した上で行う「固定効果モデル」の統計手法を用いた
――中学受験をして「成績が落ちる」「勉強時間が減る」というのはどういうことでしょうか?
森 ここで言う「成績」とは、あくまで学校内の成績のことですから、公立小学校では学力上位層だったけれど同じくらいの学力の生徒が集まる中学に進学したことで「学校内の成績は落ちた」ということだろうと解釈できます。
もちろん学校内の成績だけでなく、本当は学力も見たほうがいいのですが、今回のパネルデータでは、学力スコアは1年区切りでは見られませんでした。アメリカの研究では、学力に対する分析も行われていて、その人の属性や社会経済的背景、家庭環境などの影響を取り除いて、純粋に公立/私立に通ったことによる変化を比べるとそれほど差が見られないと言われています。ここは研究上、まだまだ議論が分かれているところではあるのですが。
また、今回用いたデータの「勉強時間」は、宿題や塾の時間とは別の「自発的な学習の時間」のことです。いろいろな条件を統制せずに単純な集計値で見た場合、公立に進んだ生徒では、平日一日あたりの勉強時間が小6時点で平均25分だったものが、中1では30分に増加するのですが、中学受験をした生徒に限ると97分から33分に減ります。大きな減少幅ではありますが、小6時点で受験勉強をしていたことを思えばそういうものかな、という印象です。
――自習とは別に宿題や塾で勉強している時間も当然あって、それぞれ別カウントだと。
森 宿題時間は、中1時点の集計値で公立が平日55分、私立が75分です。私立のほうが公立中学よりも宿題時間が長いのは今回のデータのみならずTIMSS(※2)でも明らかになっています。また、授業時間も私立中学のほうが公立よりも長い傾向にあることが伺えます。そういう意味では、私立の一貫校が半強制的により多く勉強する環境にあると言えます。ただし、公立も宿題を出していないわけではありませんので、絶対的に見て「少ない」とまで言えるかどうかは解釈が難しいところです。また公立の生徒のほうが、私立の生徒よりも中学3年間を通して通塾率は高いですね。
※2 国際数学・理科教育調査。国際教育到達度評価学会が行う小・中学生を対象とした国際比較教育調査
小6→中1で変化する部分もあるが、それほど大きくはない
――中学受験をして進学した場合、小6から中1への変化はどの程度のものなのでしょうか?
森 個人内の変化に注目した場合、「勉強がどれくらい好きか」については、4段階評価で平均0.2ポイントほど否定的な方向に変化する傾向がある一方、「授業が楽しい」と「自分の学校が好き」の各項目については0.3~0.4ポイントほど肯定的な方向に変化する傾向がありました。単純な集計値で見ても、中高一貫校に進学した人は小6時点で公立に行く人よりも平均的に「勉強を楽しい」と思っているスコアはやや高くて約3点なんですね。これが中学に行くと2.6程度になります。
――多くて0.5ポイントくらいしか動かないと考えると、小6から中1の変化は微増・微減なのかなという印象を受けます。中学受験組と公立組ではどんな傾向の違いがありますか?
森 受験をして中高一貫校に行った生徒のほうが、もともと勉強が好きな子たちではあります。「授業が楽しい」に対する回答の平均値は、中1時点で一貫校では3.1、公立では2.8。平均ではそんなに差がないように見えますが、「全然楽しくない」という子が前者では少ない。「学校が好き」に関しても「すごく嫌い」な子は一貫校にはあまりいません。
ただ、「勉強が好き」の質問に対しては一貫校組でも中1時点で、「あまり好きでない」「全く好きでない」と答える子が4割いて、公立だと約半数になります。なお、一貫校に行った子でも公立に行った子でも「友だちと過ごすのが楽しい」や自尊感情に関するスコアには統計的には差がありません。
――中学受験に際して、「校風を知った上で入ってきた同程度の学力の生徒が集まるから公立に行くより過ごしやすくて仲間もできやすい」という話がしばしば語られますが、統計的に見れば、自尊心や友だち付き合いの楽しさについては別に公立に行くのと変わらないと。
森 私立の学校関係者などが、生徒の獲得競争をしている中でそうした発言をするのは理解できますが、「受験して中高一貫校に行けばバラ色」とは統計的には必ずしも言えません。
受験エリート内の「劣等感」のことも考えたい
――宿題時間が長いのが将来の大学受験に効いてくるであろうこと以外の、生徒本人の主観的な楽しさは、中学に進んで1年程度では、中学受験組と公立組で大きな差はそれほどないのかなと感じます。今回の分析結果を教育政策に活かすとしたら、たとえばどういうことが言えそうですか?
森 私が気にしているのは自己肯定感についてです。受験などを通じて競争的な環境に置かれると、当然ながら勝つ人/負ける人が出てきます。たとえば、最近出た中国のエリートの研究結果では、北京のエリート層(都市部で年収が上位1割の家庭の生徒)は中国全体から見れば屈指の存在なのですが、その中ですら一部の最優秀な層は勉強時間が少なくても成績が良く、他のさまざまな技能にも優れており、勝者/敗者に分かれます。
すると、その集団で下位にいる存在は、国という単位で絶対的に見れば十分に「できる人」のはずなのに、自分の身の回りの人たちと比べることで「相対的剥奪」の状態に陥り、劣等感を抱いてしまう。中学受験を経て中高一貫校に進んだ人たちも、小学校時代より成績が落ちる傾向があり、主観的な満足度が停滞している項目もあります。本当は、生徒一人ひとりにいろいろな能力があるはずなのに、学力という一つの基準で、日本全体で見れば優秀な部類に入るにもかかわらず劣等感を抱いてしまっているのであれば、人材育成という観点から見てもったいないのではないかと。
むしろ今回の結果から見えるのは、一般的な公立中学に進学した場合でも、中1時点で学業や学校生活の面で受験組とそこまで大きな違いがないということです。そのことから、政策的には今後も引き続き、公立学校を支える教員や財政への投資を減らすことなく、社会の公共的基盤を支えていくことが大事だと思います。
――これから子どもが中学受験に臨む、ないしは臨もうか迷っている保護者に対して何か伝えたいことはありますか?
森 保護者に対しても同様のことが言えます。もし振り回されているような感覚があるのであれば、「中学受験した子の中で比べたり、学校内で成績を比べたりしても、狭い集団の中の話ですよ」と。世界には多様な価値観や能力を持った人たちが存在しています。今いる集団の中で比較して一喜一憂するのもわかりますが、お子さんはこの先の長い人生の中で、どんな集団に属して、どんな才能を発揮するのかわかりませんから。
取材・文 飯田一史
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