「戦後みたい」「日本の衰退」…397円の弁当に映るもの

考えてみれば、自宅で一人だけの昼食を用意するとき、ご飯にウインナーだけ、卵だけ、昨晩のおかずだけ、といった食べ方をした経験がある人は少なくないだろう。

「一点突破すぎ!」は、これまで家庭の中では普通に行われながら、コンビニ弁当では商品化しにくかった“名もなき一人飯”を、そのまま売り物にしたともいえる。

ただし、同じ商品を見て正反対の印象を抱く人もいる。

「なんか、戦後みたいだね…」
「日本人はここまで貧しくなったのか、、、」
「ワイらの賃金が上がらなすぎて、300円以下とはいえ惨めな弁当が魅力的に感じてしまうようになったの普通に悲しい」
「日本の衰退を感じる...」

商品そのものへの批判というより、“こうした弁当が求められる社会”への複雑な感情がにじむ。

なかには、

「日本が今後、貧困国に落ちぶれていくかどうかの分水嶺だと思う」
「週5、1日8時間働いて出てきた昼飯これやったら、もう働かん方がマシ」

という厳しい意見まであった。もちろん、この弁当の登場だけをもって日本全体が「貧しくなった」と結論づけることはできない。

そもそもローソンは今回、低価格の「一点突破すぎ!」だけでなく、700~900円台を中心とした「贅沢すぎ!」商品も同時に展開している。

「贅沢すぎ!」弁当シリーズ(写真/ローソン公式Xより)
「贅沢すぎ!」弁当シリーズ(写真/ローソン公式Xより)

節約商品しか売れなくなった、という単純な構図ではないのだ。

そして否定派の中にも、商品コンセプトそのものではなく、“もっとこうしてほしい”という声もある。

「これに一言物申すならば『ソーセージ6本分は嬉しいが、それ刻まずに丸々6本並べてくれませんか?』と言いたい」

弁当とは本来、肉、魚、野菜、副菜と、いろいろなおかずが詰まっているもの――。そんな常識を思い切って捨て、ご飯の上に好きなものだけをドンとのせる。

それを「夢がある」と見るか、「寂しい」と見るか。

「一点突破すぎ!」弁当をめぐる賛否が面白いのは、397円の商品そのもの以上に、いま消費者がコンビニ飯に何を求めているのかが、はっきり表れているからなのかもしれない。

取材・文/集英社オンライン編集部