妻の「次は一人で行って」が重く響いた
夫婦の間でも、将来像には少しずつ違いが生まれていた。
池上さんは、条件次第では再び海外で働くことも考えている。シンガポール時代の経験が生かせるうえ、海外ポジションまで対象を広げれば、自分に合う仕事が見つかる可能性も高まると考えているからだ。
しかし妻の考えは違った。
上の子は小学4年生。下の子も小学1年生になった。これから中学、高校へと進むことを考えれば、できるだけ日本国内で教育環境を安定させたいという。
池上さんは、妻から言われた言葉を忘れられないという。
「海外の求人も見ているという話をしたとき、妻から『次に海外赴任になるなら、一人で行ってきてほしい』と言われました。責めるような言い方ではなかったんです。でも、だからこそ重かったですね。
6年間ついてきてくれて、妻なりに苦労もあったと思います。子どもも大きくなった。自分にとって海外はキャリアの選択肢でも、家族にとっては引っ越しや転校を伴う生活なんですよね」
家族と暮らすために日本で仕事を探すのか。
それとも、自分の経験を最大限に生かせる仕事を求め、海外も選択肢に入れるのか。
40歳の転職は、単に「次に何の仕事をするか」だけでは決められない。
子どもの学校、妻の仕事、住宅、収入、そして数年後の教育費。20代の転職では意識しなかった条件が、池上さんの周囲を取り囲んでいる。
「辞めたこと自体を完全に後悔しているかと言われると、まだ分からないです。会社に残っていたら残っていたで、『あのとき辞めればよかった』と思っていたかもしれない。でも、ひとつだけ言えるのは、40歳で家族がいる人間が会社を辞めるというのは、僕が想像していたよりずっと大きなことだったということです」
池上さんはそう話した後、「1200万円あればしばらく大丈夫だと思っていたんですけどね」と苦笑した。
そして、こう続けた。
「お金もそうですけど、一番減っていくのは時間なんです。退職して1か月なら『少し休んでいる』で済む。でも半年、1年と空いていけば、自分でも焦り始める。家族にも申し訳なくなってくる。
会社にいたころは『もっと自由に働きたい』と思っていたのに、辞めてからは『来年、自分はどこで働いているんだろう』と考える時間が増えました」
海外赴任を経験し、会社を離れた40歳の分岐点。手にしたのは1200万円の退職金と自由だった。同時に失ったのは、毎月決まって振り込まれる給与と、「この先もこの会社で働いている」という見通しだった。
人生の折り返しが見え始める40代。転職するには遅すぎるとは限らない。ただし、若いころのように「自分だけ」の判断では動けなくなっている。
池上さんはいまも、日本と海外の求人を見比べながら次の職場を探している。
「海外にもう一度行きたい気持ちはあります。でも、単身赴任をしてまで行くのかと聞かれると、迷います。仕事を取れば家族との時間を失うかもしれないし、家族を優先すればキャリアの選択肢を狭めるかもしれない。
退職する前は、会社を辞めれば選択肢が増えると思っていました。でも実際には、辞めた後になって初めて、自分が選ばなければならないことの多さに気づきました」
会社を辞めれば、自由になれる。その言葉は間違いではない。
ただ、家族を抱えた40歳にとって、その自由とは「好きなものを何でも選べること」ではなく、「何を諦めるかも含め、自分で決め続けなければならないこと」なのかもしれない。
取材・文/集英社オンライン編集部













