2021年の不吉な記憶
「ロシアが何を準備しているか、米国は把握している」と相手に伝えるには、情報機関の長同士が直接顔を合わせるのが最も効果的だ。米国が知るすべてを明かす必要はなく、情報の一部を示すだけでも圧力になり得る。
もう一つの説明は、危機が制御不能に陥るのを防ぐための連絡経路の維持である。
敵対する国同士では、表向きの外交が行き詰まるほど、情報機関を通じた裏の経路の重要性が増す。核保有国同士の場合、相手の意図を読み違えれば致命的な結果を招きかねない。
今回の訪問は、2021年11月にバーンズCIA長官がモスクワを訪れた出来事を思い出させる。
当時、米国はロシア軍がウクライナ国境付近に部隊を集結させていることを把握していた。バーンズはモスクワに赴き、侵攻すれば重大な代償を払うことになると警告した。
ロシアは侵攻計画を否定したものの、約3カ月後の2022年2月に全面侵攻へ踏み切った。その警告は戦争を止めることはできず、結果的に無視された格好だ。
それだけに今回も、「和平への一歩」と見るよりも、米国が差し迫った危険を察知した表れではないかとの見方がくすぶる。
プーチンが信じているほど時間はロシアの味方ではない
トランプはラトクリフの訪問を「セミ・ルーチン」と表現し、ナルイシキンも「通常の実務会談で、異例なことはない」と述べた。しかし、本当に日常的な接触だったなら、CIA長官が自ら大型軍用輸送機でモスクワまで飛ぶ必要があっただろうか。
ウクライナに攻撃停止を求め、バルト諸国にも訪問を事前に知らせ、わずか一日で協議を終えて立ち去る。少なくとも、軽い用件だったとは考えにくい。
この出来事が不気味に映るのは、米ロ双方が核心を明かさないからだ。
米国はCIA長官を送り込みながら、詳しい目的を説明しない。ロシアは会談を「通常業務」と呼びつつ、内容を一切明らかにしない。同じ日には、番号だけが存在する三つの大統領令が残された。
米国はロシアの動きを見ている。クレムリンの計算も把握している。そして、プーチンが信じているほど時間はロシアの味方ではない。巨大なC-17が運んだのは、最後通牒というより、未来についての不吉な診断書だったのかもしれない。
文/東銀座コンフィデンシャル 写真/shutterstock













