AIX時代の投資家が直面する最大の逆説
ところが、全員が同じ情報を持てるようになった結果、次に価値を持つのは「誰が一番早く、深く、大量に処理できるか」である。
そこで資本の論理が再び顔を出す。巨大な計算資源を持つ者、優秀なAIモデルを持つ者、独自データを持つ者、電力を確保できる者、そして最先端の人材を囲い込める者が有利になる。
つまりAIは投資を民主化する一方で、究極的には投資の世界をもう一度、巨大資本のゲームへ戻してしまう可能性がある。
これは皮肉である。誰でもAIを使える時代になった。だから全員が賢くなった。しかし全員が賢くなれば、その程度の「賢さ」には値段がつかなくなる。私はここに、AIX時代の投資家が直面する最大の逆説があると思っている。
AIに「この会社を分析してください」と頼めば、決算も財務内容も競合比較も将来予測も出してくれる。PERもPBRもROEも一瞬で比較できる。では、全員が同じような分析を手にしたとき、誰が儲けるのか。
投資とは、正しい答えを知るゲームではない。他人がまだ気づいていないものに、他人より早く値段をつけるゲームなのである。
だから私は、AI時代になればなるほど、人間の投資家に残される仕事は「計算」ではなくなると思っている。AIが計算する。AIが比較する。AIが要約する。AIが予測する。その先で人間に残されるのは、「何かがおかしい」と感じる能力ではないだろうか。
大きな相場の転換点ではいつも数字より先に「違和感」がやってきた
数字には表れない経営者の狂気。政策の裏側にある国家の都合。市場全体が一つの物語を信じ始めたときの気持ち悪さ。そして、誰も疑わなくなった常識を疑うこと――。
私は35年以上市場にいるが、大きな相場の転換点では、最後はいつも数字より先に「違和感」がやってきた。
バブルの絶頂では、誰もがもっと上がる理由を説明する。暴落の底では、誰もがもっと下がる理由を説明する。理屈が最も美しく完成した瞬間こそ、相場が終わることがある。
AIは過去から学習する。しかし相場で最も大きな利益が生まれるのは、しばしば過去に存在しなかったことが起きた瞬間である。ここに、人間がAIに勝てる最後の場所が残っているのではないか。
もちろん、その場所さえ永遠ではないだろう。AIはいずれ、人間の「違和感」さえ数値化しようとするはずだ。













